5. 答え合わせ
コン、コン、コン――。
午後になってようやく熱も下がり、私はお父様の執務室を訪れた。
扉の前でノックをするが、返事はない。
一瞬ためらい、それでもそっとドアを開ける。
「うちの魔導騎士団を宮廷討伐隊に派遣した件だが、報告はまだか」
「現在、取りまとめ中とのことです。提出期限は明日になっておりますので――」
「お父様」
「ああ、アリーヌか」
お父様がようやくこちらを見る。
「体調はどうだい」
「はい。ゆっくり休んだので、熱は下がりました。もう大丈夫です」
「それはよかった。何か欲しいものでもあるのかい?」
どう切り出すべきか迷っていると、お父様はペンを置き、机の脇に控えていた騎士へ視線を向けた。
「少し、席を外してくれ」
一礼し、騎士は静かに退室する。
忙しいのに、こうして時間を割いてくれるお父様。
無表情ではあるが、いつも気を配ってくれるところは昔から変わらない。
革張りのソファに並んで腰を下ろす。
風邪が流行っていること、近々王宮で晩餐会があること。
当たり障りのない話を交わしながら、私は慎重に言葉を選んだ。
「……伯爵家に、新しく女の子が迎えられたという噂を聞いたのですが」
「そうだね。たしか去年だったかな。フランソワ伯爵から親戚の娘を養子に迎えたと報告があったよ。
そういえば、アリーヌと同じくらいの年頃だったね。気になるのかい?」
「はい……少し気になります。その子はシルヴァレーン出身だという話も聞きました」
お父様は一瞬だけ考える素振りを見せ、頷いた。
「湖水地方から来たと聞いている。たぶんシルヴァレーンだろうね」
珍しく小さく笑いながら、お父様が言う。
「噂というものは、侮れないな」
その声を聞いた瞬間、体の奥が冷えた。
まさか――ここまで一致するなんて。
「……そういえば」
お父様が私を呼んだ理由を聞いていない。
「私に何かご用があったのでは?」
「ああ……とにかく、先に謝っておくよ。ごめんね」
「……?」
「お父様にも、陛下にも……どうにも止められそうにないんだ」
「何を、ですか?」
「……いや、顔色が悪いな。今はやめておこう。アリーヌがもう少し元気になってから話そう」
それ以上、踏み込めなかった。
とにかく今は――あの物語の内容が、頭から離れない。
「お邪魔しました。お仕事、頑張ってください」
何とか平静を装って部屋を出る。
廊下に出た途端、膝が震えた。
一歩踏み出そうとしたところで、視界が揺れる。
気づけば使用人たちに囲まれ、次の瞬間には自室のベッドに寝かされていた。
天井を見上げ、小さく息を吐く。
――やはり、あの本はただの物語ではない。




