57. 覆された評価
「今日は学年合同です。名前を呼ばれた順に、前に出るように」
ドニーズ・ラヴィス先生が、淡々と告げる。
ついに、魔導学の実技試験が始まった。
(……この先生、やっぱり苦手なのよね)
魔導学のベテランで、他の教師より魔力量も高い。
濃いブラウンの髪をきっちりと結い上げ、眼鏡越しの視線は厳格そのもの。
失礼だけれど、どこか規律を振りかざすタイプの圧を感じてしまう。
そして――この先生は、明らかに私のことを快く思っていない。
廊下ですれ違うたび、眼鏡の奥から刺さるような視線。
最初は気のせいかと思っていたけれど、あれは確実に“意図したもの”だった。
(理由は……分からないのよね)
試験内容は、中央に設置された魔導人形へ、得意な属性の魔法を放つというもの。
緊張からか、魔法が逸れそうになる生徒も多く、見ているこちらが思わず息を詰める。
「――アリーヌ・ベルナール」
名前を呼ばれ、前に出る。
その瞬間。
先生の口元が、ほんのわずかに歪んだのを、私は見逃さなかった。
「あら。その程度の魔力で、魔導士ですの?」
「……先生?」
「ベルナール公爵家のご令嬢、という肩書きだけで通ってきたのでしょう。本学には相応しくありませんわ」
ざわり、と空気が揺れる。
「……試験を、始めていただけますか」
「その前に」
先生は私の左腕に視線を落とした。
「その腕輪、外しなさい。試験に不要な装飾品でしょう?」
「え……?」
一瞬、言葉を失った。
(これ、私では外せないのだけれど……)
戸惑いながら視線を上げると、ちょうど殿下と目が合った。
次の瞬間、殿下が静かに前へ出る。
「僕が外そう」
「王太子殿下……? ですが、本人が外せば――」
「無理だよ。王家の者しか外せない」
先生の表情が、目に見えて強張った。
「……存じませんでした。失礼を」
殿下が手をかざすと、淡い光が走り、ブレスレットは音もなく外れた。
「預かっておくね。試験が終わったら、戻そう」
「……はい。お願いいたしますわ」
魔力を練ろうとした――その瞬間。
空気が、変わった。
ざわめきが消え、代わりに、息を呑む気配が広がる。
先生の顔は青ざめ、生徒たちは目を見開いたまま固まっている。
窓の外にも、人影が増えていく。
(……え?)
理由が分からないまま、私は魔力を練り続ける。
雷を放った瞬間、動揺したのか制御が追いつかず、魔導人形が複数、黒く焦げ落ちた。
一拍遅れて、大きなどよめきが広がる。
「……素晴らしい……!」
我に返った先生が、深く頭を下げた。
「先ほどの無礼、どうかお許しください」
「いえ……。説明が足りなかったのは、私の方ですわ」
そう答えたとき、左腕に、かちゃりと音がした。
いつの間にか隣に立っていた殿下が、ブレスレットを戻している。
(……気配、全然感じなかったのだけど……)
「さすがだね、アリーヌ」
「……シリル、どういうことでしょうか?」
「はは。ブレスレットのこと、ちゃんと説明してなかったかな」
殿下は楽しそうに続ける。
「強い魔力は、人にも魔物にも“見える”。それを隠すための魔法をかけているんだ」
あの視線も、あの態度も。
すべてが、ようやく腑に落ちた。
――こうして、波紋を残したまま、魔導学の試験は幕を閉じた。




