55. あなたが一番
ぼんやりと殿下が踊る様子を眺めていると、ふと視線を感じた。
周囲を見渡せば、こちらを窺う殿方が何人かいる。
そのうちの一人と目が合い、相手が一歩踏み出した。
「ベルナール公爵令嬢、もしよろしければ――」
「悪い、探した!」
息を切らしたラファエルが割って入る。
「次は俺と踊る約束だったよな。悪いが、譲ってくれ」
そう言うなり手を取られ、ほとんど有無を言わせぬままフロアへ連れて行かれた。
「……ラファエル様?」
「挨拶回りしてたら捕まってさ。殿下に頼まれてるんだ」
「ふふ、そうでしたの」
「だから、付き合ってくれ」
音楽に合わせてステップを踏みながら、ラファエルは少しだけ笑った。
「去年の今頃は、魔導訓練だったな」
「懐かしいですわね」
「事件も色々あったけど……楽しいことも多かった」
「ええ。顔を合わせるたびに、ローズといがみ合っていましたわね」
「あのやり取りも、今思えば懐かしいな」
「微笑ましかったですわ」
「なんだそれ」
思わず、二人で笑う。
「同じチームで戦うことも多かったな」
「ええ。ラファエル様の魔法は的確で、とても助けられましたわ。制御も完璧ですし」
「ありがとう。アリーヌ嬢の魔力の質は、やっぱり群を抜いていたよな。頼りになる」
「ふふ……私たち、いい同期ですわね」
「だな。また一緒に戦おうぜ」
曲が終わり、ラファエルとフロアを離れる。
今度は、セドリックが静かに近づいてきた。
「次は、俺と踊ってください」
「ええ」
本日何度目かのフロアに戻る。
「……シリルに言われたのですよね?」
「そうだよ。魔導大会の後始末をしている時にね」
「そうでしたのね」
「こんな機会でもなければ、君と踊ることはないからな。正直、ありがたいと思っているよ」
「それなら、よろしいのですが」
基本に忠実で、無駄のないリード。
隙のなさが、いかにもセドリックらしい。
「研究をされていると伺いましたわ」
「ああ。魔力量についての研究をしている」
淡々とした口調で、彼は続ける。
「研究は、まず自分の仮説を信じるところから始まる」
「仮説……ですか」
「ああ。だが、誤りだと分かったら、思い切って切り捨てる勇気も必要だ」
一瞬、彼の視線がこちらに向いた。
「人も同じだよ。何を信じて、誰の隣に立つのか――考える必要がある」
「……ご忠告、ありがとうございます」
胸の奥に、小さな引っかかりが残った。
――青い鳥の言葉が、ふと脳裏をよぎる。
もしかして、彼が……?
けれど、すぐに首を振る。
彼の魔力は、青い鳥よりもどこか冷たく感じられた。
◇
セドリックと別れ、再び一人になると、踊った相手の顔が浮かんでくる。
――そういえば、皆、殿下に頼まれたと言っていた。
その意味に気づいた瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。
「アリーヌ、お待たせ」
「……シリル」
「さあ、踊ろうか」
先ほどまで、多くの淑女と踊っていた殿下。
今の私も、その中の一人にすぎないのだろうか。
――それとも。
「パーティーは楽しめた?」
「……少し、踊り疲れましたわ」
「随分楽しそうだったね」
「皆さん生徒会の方々で、知り合いですもの」
「……そう」
殿下は一瞬、視線を逸らす。
「……俺が一番、だよね?」
「ふふ。何を競っておりますの?」
「分かってるだろう?」
「シリルこそ、たくさんの方と踊っていましたでしょう」
「俺は、アリーヌが一番だよ」
殿下の手は、いつもより少しだけ強く、私を引き寄せた。
――離れないように。
そう言われている気がして、私は何も言わず、その腕に身を預ける。
華やかな夜は、静かに終わりを迎えようとしていた。




