53. 大きくなりすぎた存在
馬車を降り、殿下の肘にそっと手を添えて歩み出す。
約束通り身につけてくれたカフスボタンが視界に入り、自然と頬が緩んだ。
「アリーヌは、パーティー久しぶりだよね」
「ええ。今年は初めてだわ」
「魔導訓練から戻っても忙しそうだったしね。……そんなに構えなくても大丈夫だよ」
「少し、緊張してしまって」
「ふふ。俺たち、目を引くからね」
会場に近づくにつれ、注がれる視線が増えていく。
美しい、お似合いだという賛美の声の中に、殿下の色を身につけていないことへの小さな囁きも、確かに混じっている。
ふと、殿下が顔を寄せてきた。
「俺たちで散々悩んで決めたお揃いなのに、不届きものがいるね。正直に“アリーヌが美しい”って言えばいいのに」
「ふふ。いろんな意見があるのも、社交界らしいですわ」
「そうだけど……」
そう言いながら足を止め、殿下は私をまっすぐ見る。
「今日のアリーヌも、とても綺麗だ。贈ったティアラもよく似合っている」
「ありがとうございます。ティアラは慣れていませんが、このドレスには合いますわね」
「うん。ネックレスも、とても似合っているよ」
「シリルも、そのカフスボタン、とてもお似合いです」
「ありがとう。君に選んでもらえたからね」
やがて案内の声がかかり、私たちは会場へ向かう。
扉の向こうへ導かれ、一歩足を踏み入れると――
光に満ちあふれた王宮のホールには、色とりどりのドレスと礼装に包まれた人々が華やかに行き交っている。
すぐに楽団の音色が広がり、夜の社交が始まった。
「婚約者だし、まずは俺と踊ってくれる?」
「はい、お願いしますわ」
差し出された手を取り、ワルツの輪に加わる。
流れるようなステップに身を委ねると、不思議と緊張が和らいでいった。
――この時間が、少しでも長く続けばいい。
そんな考えがよぎって、私は内心で小さく首を振る。
「……終わったら、私はどうなるのかしら」
「え?」
思わず漏れた呟きに、殿下がわずかに目を瞬かせる。
「もしかして、俺以外のことを考えていた?」
「ふふ……」
「可愛く笑っても、誤魔化されないよ?」
「そんなに睨まれても、答えませんわよ?」
困ったように笑い返しながら、胸の奥でそっと息をつく。
(離れたほうがいいと分かっていたのに……)
いつも自然に隣にいて、困ったときは当たり前のように手を差し伸べてくれる。
いつの間にか、離れることができないほど彼の存在が大きくなっていた。
どうしたらいいのかも、もう分からない。
(とりあえず今は――)
私は一度だけ、殿下の手をきゅっと握り返した。
(この一曲くらい、許されますわよね)
音楽に身を委ねながら、私は考えないふりをした。




