48. 新たな作戦
カタカタカタカタ――。
今日も馬車の軽快な音が響く。
「アリーヌ、今週も無理なの? 誘うの三回目なんだけど」
「すみません。今週も魔物の討伐がありまして」
「ふぅん……」
入学してから一ヶ月。
殿下と一緒の登校が、すっかり日課となっていた。
王宮からだと遠回りになるというのに、欠かさず迎えに来る。
私はというと、急いで次の手を考えることにした。
距離を置こうとしても、学園ではどうにもならない。
だからせめて、休日くらいは顔を合わせないようにしている。
――勝手に“作戦B’”と名付けて、実行中だ。
「つ、次こそはお茶会に出ますわ」
「……本当かなぁ」
いつもより低く落とされた声に、胸の奥がざわつく。
(さすがにそろそろ怒らせるかしら?)
そうこうしているうちに学園へ到着する。
殿下が馬車から降りると、周囲から自然と歓声が上がった。
この光景も、見慣れたものだ。
「では、ごきげんよう」
「アリーヌ、またね」
そうして、変わり映えのない一日が始まる。
◇
グオオオォォォ――
「アリーヌ様、あれですね」
「ええ……思ったよりも大きいわね」
週末。
アルベルク近郊の森で巨大な熊型の魔物が出たとの通報を受け、公爵家の魔導騎士団が討伐に来ていた。
「さて、どう攻めましょうか」
そう考えた、その瞬間。
ふっと、ありえない魔力の気配が鼻先をかすめた。
(……この魔力、まさか)
「……少し、待っていてください」
魔力を辿り、草をかき分けて進む。
その先にいたのは――
「……シリル」
「やあ。やっぱり気づくと思ってた」
来るはずのない殿下。
しかも、隣にはエリックまでいる。
「なぜ……ここに?」
「最近、アリーヌが忙しそうで、ゆっくり話す時間もなかったから」
少し間を置いて、殿下は続ける。
「君が“俺より優先しているもの”を、実際に見てみようと思ったんだ」
綺麗に整った笑顔。
けれど、その奥にある感情が、ちくりと胸に刺さった。
「すみません。民の生活を守るためなので……」
「謝らなくていいよ。勝手に来たのは俺だから」
そう言ってから、ふっと表情が緩む。
「……本当に、危ないことをしているんだね」
その一言は、はっきりと心配の色を帯びていた。
「でも、アリーヌなら、すぐに倒せるんだよね?」
「もちろんです」
王太子を危険に晒すわけにはいかない。
それに――ここで大丈夫だと示せなければ、今後の討伐も制限されかねない。
私は急ぎ足で皆のもとへ戻った。
熊型の魔物は見た目に反して俊敏だ。
動きを封じることが最優先。
「今回は火魔法で囲みましょう」
「了解。その後、騎士が脚を狙う」
「動きが止まったところで、雷を」
火が放たれ、魔物を包囲する。
熱に阻まれ、脚をつき、動きが鈍った瞬間――
「いきます!」
次の瞬間、特大の雷を叩き落とす。
鈍い音を立て、巨体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。
パチパチパチパチ――
「……さすがだね、アリーヌ」
拍手の軽快さとは裏腹に、殿下がどこか複雑そうに笑う。
「危なかったら止めるつもりだったけど……もう、口出しできないな」
「ふふ、よかったですわ」
「……ちょっと、手を貸して」
そう言われ、左手を差し出す。
指先が触れた瞬間、心臓が跳ねた。
殿下はそのまま、私のブレスレットに手をかざす。
淡い金色の光が、静かに広がった。
「防御魔法を、少し強くしておいた」
「あ、ありがとうございます」
「でも……気をつけてね」
低く、抑えた声。
叱るでもなく、命じるでもない。
ただ、その声音だけが、やけに残った。
このまま逃げ続けたら――きっとまた、殿下はこうして見に来てしまう。
そんな予感が、静かに胸に広がる。
(……お茶会は、出るしかなさそうね)
そう観念した瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ。
こうして作戦B’は、静かに――けれど確かに、終わりを迎えたのだった。




