45. 距離を置きたいのに
講堂へ入り、ナタリーと別れて席へ向かう。
一番前の列――金色の髪が、ひときわ目を引いた。
おそらく、学年代表としてスピーチを任されているのだろう。
入学式が静かに始まり、学園長の祝辞、在校生の合唱と続く。
そして、いよいよ殿下の番となった。
壇上に立った瞬間、黄色い悲鳴が巻き起こる。
殿下は穏やかに微笑み、手を軽く振り――落ち着いた声音で口を開いた。
「今日、こうして皆さんと新たな学びの門をくぐれたことを嬉しく思います。
努力も、才能も、歩む速度も、きっと皆それぞれでしょう。
けれど――その違いこそが、互いを高め合う“力”になると、私は信じています。
どうか恐れず、手を伸ばしてください。
皆さんが選ぶ未来が、輝かしいものでありますように」
最後の一礼に、再び歓声があがった。
壇上を降りる際、一瞬視線がぶつかる。
照明のせいだろうか――その青は、わずかに翳って見えた。
◇
入学式が終わり、教室に戻って解散となった。
「帰りましょうか」
ナタリーの声に頷き、カバンを手に立ち上がる。
そのまま廊下へ出た瞬間、甲高い声があちこちから響いた。
「……何かしら?」
「あいつよ。来たわね」
ナタリーが深いため息をついた直後――
周囲に手を振りながら、“噂の幼馴染”が華やかに現れた。
「お、ナタリーもいるじゃないか。都合がいい」
「何しに来たのよ!」
ナタリーから黒いオーラが立ち昇る。
「そんな怖い顔すんなって。ほら、今日も可愛いよ?
そして初めまして、アリーヌ嬢。生徒会長のマクシム・ロベールです」
そう言いながら、マクシムは私の手をすくい上げる。
指先が唇に触れそうになった――その瞬間。
不意にマクシムの肩に置かれた手が、その動きを断ち切った。
「マクシム。悪いけど……アリーヌと話がしたい。生徒会の件も説明しておくよ」
「……殿下でしたか。なるほど、そういうことなら」
マクシムが手を離した途端、殿下の指が私の手首をそっと掴む。
優しいのに、有無を言わせない。
「で、殿下、どこに……?」
「……名前」
「……すみません」
「……」
歩幅はきちんと合わせられていて、触れている手はあくまで柔らかい。
――そんな優しさが、逆につらい。
やがて自習室の並ぶ廊下へ出ると、殿下はその一室の前で立ち止まり、扉を開けた。
「入って」
逆らう余地はなかった。
中に入ると、殿下は背後で鍵をかけ、そのまま扉にもたれかかった。
静寂が落ちる。
金色のまつ毛の影が、わずかに震えていた。
「……」
そこにあるのは、怒りではなく――
不安と、寂しさと、どこか縋るような気配。
胸の奥が、締めつけられるように痛んだ。




