44. 入学式の前で
「そろそろ行かないと」
カバンを手に取り、鏡の前でくるりと振り返る。
白いリボンブラウスに、裾がふわりと広がる縦縞のジャンパースカート。
制服姿の自分に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――ついに入学式の日。
胸が高鳴るような、沈むような――楽しみと不安が入り混じる。
「いってきますわ」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
玄関の扉を開けると、そこには――。
「おはよう、アリーヌ」
「シ、シリル!?」
「迎えにきたよ。……お手をどうぞ?」
いつも通り穏やかで優しい声。
予感はあった。あったけれど――作戦Bに、早くも暗雲が立ちこめる。
馬車に乗り込むと、車輪がゆっくりと動き出した。
「アリーヌと一緒に登校できるなんて嬉しいな。学年が同じでよかった」
「……ええ」
「お互い、楽しみながら頑張ろうね」
「はい」
「クラス、一緒だといいんだけど……さすがにクラス割りに口出しはできなかったんだよな……」
最後の呟きはほとんど独り言。思わず冷汗がにじむ。
(できていたら、逆に怖いわよ……)
「そういえば、ナタリー嬢とアンドレ子息も今年入学だよね? 仲のいい人が一緒でよかったね」
「はい」
そこで会話が途切れる。
何気なく殿下に視線を向けると、見慣れた外向けの笑顔が目に入る。
いつもの優しい顔のはずなのに、胸の奥がざわつく。
目が合った瞬間、反射的にそらしてしまった。
「アリーヌ?」
「……はい」
「どうしたの? 緊張してる?」
「ええ……まあ」
「……僕、何かした?」
「いえ、何も……」
殿下の声に、不安がにじんでいた。
(でも、まずは名前呼びをなんとかしないとよね……)
「殿下のせいではないので……」
「……そんなふうに呼ばれるの、嫌だ」
「……」
ちょうどそのとき、馬車が止まった。
差し出された手を、ためらいながらも取る。
地面に降り立った瞬間、逃げるように足を速めてしまった。
置き去りになった殿下が、わずかに手を空中に残したまま固まっている。
――やっぱり、前途多難だわ。
◇
教室に入ると、ナタリーがすぐ声をかけてきた。
「王太子殿下と別のクラスになって残念ね」
「ふふ、開口一番がそれ?」
「あら、あまり残念そうじゃないわね? 何かあったの?」
「何もないわよ?」
ナタリーは時々、本当に鋭い。
誤魔化そうとしたところで、後ろから声が飛んできた。
「よ、アリーヌ嬢、元気だったか?」
「あら、ラファエル様。久しぶり」
「隣にいるのは……ルコント侯爵令嬢か。はじめまして、アンドレ侯爵家の長男、ラファエルです」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。ナタリー・ルコントでございます。以後、お見知り置きを」
「よろしく」
「……ローズの“いい感じの人”ですわよね? よろしくお願いいたしますわ」
「は!? ち、違う! ただのライバルだ!」
「ふふ、ローズと同じこと言ってる」
「席につけー!」
先生の声で、皆が着席する。
「この一年B組の担当となる、ポール・ジラールだ。計量学を教えている。一年間、よろしく。まずは今日の流れだが――」
説明は淡々と進んでいく。
「では、そろそろ講堂に向かうぞ」
席を立つと、ナタリーが隣に来た。
「ジラール先生、イケおじだわ……素敵……」
「えっ、ああいう人が好みなの?」
「ふふ、そうかもしれないわ」
ナタリーの爆弾発言に思わず二度見する。
そんな中、講堂へ向かう廊下を進んだその先――
ざわつく生徒たちの輪の中心で、ふと青い瞳がこちらを捉えた。
時間がひと瞬き止まる。
(……怒ってる?)
胸がひりつくほどに心臓が跳ねる。
逃げるように視線をそらしたその瞬間、背中に冷たい予感が落ちてきた。
――これから、波乱の予感しかしなかった。




