43. 三人寄れば恋バナ日和
「――デート?」
ナタリーが持っていたティーカップが、カチリと小さく揺れた。
「お姉さまが!? 王太子殿下と!?」
ローズまで身を乗り出してくる。
最近は魔導士としての仕事も増え、忙しい日々が続いていた。
そんな中で開かれた、久しぶりの小さなお茶会。
ナタリーの自宅での、いつもの三人だけの気楽な集まりだ。
「デートというより……取引の延長よ」
「はい出た、確信犯。やるわね、あの王太子」
「ち、違うのよ! きっと婚約者という体裁を保つためで……」
「でも楽しかったのでしょう?」
ナタリーの声音が優しくて、その柔らかさが思いのほか胸に触れた。
「……ええ。楽しかったわ」
その瞬間、二人が顔を見合わせる。
「「はい、詳しく」」
「そんなに面白い話じゃないわよ……」
「まずは――その首元のアクアマリン。王太子殿下からですよね?」
「よく分かったわね」
「分からない方が無理ですわ! 王太子殿下の瞳の色でしょう!? それ、意味ありすぎますわ!」
「デートのお礼よ。ただそれだけ」
「“自分の色を渡す”のを“ただのお礼”で片づけるのは無理があるわよ」
「ナタリー、口元笑ってるわよ」
「あら、バレた?」
ナタリーが肩を揺らして笑う。
「……で、お姉さまは何か渡したのですか?」
「カフスボタンよ。ナタリーのお店で買ったわ」
「あらまあ。いつもありがとう」
「お姉さま、それは……気持ちがこもってません?」
「違うわよ! 買い物のついでよ。礼儀として渡しただけ」
「はいはい。そういうことにしておきましょう」
「ちょっとナタリー、また笑ってる!」
紅茶を口に含んだところで、ナタリーが身を乗り出した。
「――それで。他には?」
「……他?」
「そう。もっとこう……恋愛小説的イベントよ。手が触れたとか、目が合ってドキッとしたとか」
その言葉に、ふと――小指が触れたときの、あの微かな温度が蘇る。
「……」
「アリーヌ?」
「ひゃっ!? な、なによその目は!」
「今の沈黙。完全に何かあったわね?」
「顔、赤いですわよ。お姉さまかわいい」
「違うってば! 本当にっ――!」
「――恋ね」
「恋ですわね」
「違うって!!」
もう誤魔化す余裕はない。
私は慌てて話題を変える。
「そ、そういう二人はどうなのよ!?
ローズ、ラファエル様から手紙が来てるんじゃないの?」
「っ!? なぜお姉さまがそれを!?」
「あら、図星? ラファエル様も攻めるわね」
「ラファエル様って……アンドレ侯爵子息?」
「そうよ。魔導士訓練でローズといい感じだったのよ」
「お、お姉さま!? そんな関係じゃありませんわ!」
「なるほど。これはもう両想いの顔ね」
「ナタリー!? 本当に違いますわ! お互いよきライバルなだけで!」
「焦ってる焦ってる。好きなのね?」
「べ、別に好きとかそういう……!」
「ふふふ」
ナタリーは満足そうに笑った。
「そういうナタリーは、最近どうなのですか!?」
「私? お父様が婚約者探しに必死みたいだけど、特に何も」
「幼馴染の爽やかイケメン君は?」
「あー、あれは論外。女の子を侍らせすぎの最低野郎よ」
「そこまで言います? まあ軽い方ではあるけれど……」
「私はしばらく、自由でいたいの」
「ほんと、自分のことになると腰が重いんだから」
「私らしいでしょ?」
「好きなタイプとかないんですの?」
「うーん……物語のヒロインの相手みたいな人? 現実にはいないけど」
「まあ、裏切らないっていうのは大事ですわよね」
「でしょ? 王太子殿下は絶対大丈夫だから、アリーヌが羨ましいわ」
「いや、なんで断言できるのよ!」
「女の勘……?」
「また適当なことを言って!」
ナタリーの言葉に、胸の奥がわずかに痛む。
(もし、本当に裏切られなかったら――)
そんな淡い希望を抱いてしまった自分に、胸が苦くなる。
その後は、最近の流行や学園の話題で盛り上がり、楽しいお茶会はお開きとなった。
◇
(このままではいけない)
帰りの馬車の中で、胸に沈んでいた不安が、ようやく言葉になった。
仮婚約を交わした当初は、婚約破棄よりも断罪のほうが怖かったはずなのに。
(……今は、殿下に心変わりされる方が怖いだなんて)
胸がひりつく。
(距離が近すぎたわ。……いったん離れないと)
自分を守れるのは自分だけ。
もし好きになって何か起きたら、確実に心が壊れてしまう。
(作戦B。しばらくは――殿下に近づかない)
私はそっと、心にそう刻み込んだ。




