41. 知りたくて
街を歩いているうちに、いつの間にか昼時になっていた。
「シリー、あちらのお店が美味しいですわ。どうでしょう?」
「いいね、入ろう」
案内したのは、ハンバーグで有名なレストラン。
手頃で美味しいと評判のその店はすでに混雑していたが、運よく席に座ることができた。
「おすすめは?」
「初めてなら、定番のデミグラスソースですね」
「じゃあ、僕はそれにするよ」
「私も久しぶりにいただこうかしら」
注文を終えると、殿下がこちらを見つめていることに気づく。
いつもの王太子の表情ではなく、柔らかい笑みだった。
「どうかなさいました?」
「いや……気をつけないと顔が緩――」
隣の席から上がった大きな笑い声に、殿下の言葉が消される。
「聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「いや、いいよ」
ほんの少し照れた彼の表情に、胸の奥が温かくなる。
「そういえば……シリーのこと、あまり知りませんわ」
「そう?」
「ですから、質問してもよろしいですか?」
「もちろん」
「では――好きな食べ物は?」
「……えっ」
殿下は小さく吹き出し、肩を揺らしながら笑い出した。
「な、何がおかしいんですの!?」
「いや、ごめん。もっと重大な質問かと思ってね。……好きなのは、白葡萄のコンポート。母上が作ってくれるものが特別美味しいんだ」
「素敵ですわね」
「作ってくれてもいいよ?」
「作りません!」
ちょうどそのタイミングで料理が運ばれた。
ハンバーグにナイフを入れると熱々の肉汁がこぼれ、口に運ぶとほろりとほどける。
「じゃあ次は僕から」
「はい」
「アリの好きな花は?」
「うーん……どれも好きですが、やはり薔薇でしょうか。うちの庭の薔薇はとても綺麗なんです」
「そう。いつか見たいな」
「六月が見頃なので、ぜひ来年いらしてください。シリーは桔梗がお好きですよね?」
「好きなのは白百合だよ」
「……え? でも、贈り物はいつも桔梗で――」
「それは、アリーヌには桔梗を身につけていてほしいから」
「……? どういう意味ですの」
「ふふ、似合うって意味」
誤魔化された気がする。けれど、胸が少しだけくすぐったい。
「では次の質問ですわ。犬派? 猫派?」
「猫派だね」
「まあ! 私は犬派です!」
「犬も好きだけど、猫の気ままさが魅力じゃない?」
「犬の忠誠心のほうが素敵ですわ!」
「自由に生きる猫のほうが僕は好きだな」
犬派と猫派の“戦い”は、食事が終わるまで続いた。
殿下の熱弁に少し揺らいだけれど――やっぱり犬派は譲れなかった。
「次、寄りたい場所があるんだ。いい?」
「もちろんですわ」
店を出たあと、殿下は迷わず一軒の店へ足を向けた。
高級ジュエリー店――煌びやかな光が並ぶ。
「母上への贈り物を頼まれていてね」
「そうでしたのね」
殿下が店員と話している間、私はショーケースを見て歩く。
その中で、一つだけそっと前に置かれたアクセサリーが目に留まった。
淡い青をたたえるアクアマリンのネックレス。
光を受けるたび、ふわりと水面のきらめきのように色を返す。
金のチェーンは極細で、糸のように繊細でありながら、近づくと温かみのある輝きを宿していた。
(……綺麗。殿下みたい)
手持ちがないので今日は見るだけ――そう思ったところで、殿下が戻ってきた。
「待たせたね」
「いえ。いいものは見つかりましたか?」
「きっと母上も喜ぶよ」
「それなら良かったですわ」
「じゃあ、行こう」
殿下が扉を押し開ける。
差し込む外の光が眩しく、私はそっとまばたきした。




