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断罪の未来を避けたいのに、王太子から逃げられません 〜この人の想いを信じてもいいですか〜  作者: 華舞 このは
第三章 学園一年生

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番外編3 始まりの記憶

 ようやく、アリーヌの一日を“俺のためだけに”もらうことができた。

 その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 ――いや、温かいなんて生易しいものじゃない。今の俺は、浮かれている。


「……殿下?」


 向かいの席からシルヴァンが怪訝そうに眉を寄せる。

 後ろに控えるエリックまで同じ顔をしていた。


「何?」

「いえ……随分とご機嫌なので」

「ふふ、そうだろうね」

「……妹に何かしましたか?」


 心外だ、と口にしようとして、やめた。

 反論すればするほど怪しいのは理解している。


「何も。むしろ、アリーヌだって少し嬉しそうだったよ?」


 そう返すと、シルヴァンは大きくため息を吐いた。


「ということで――五日後、アリーヌと出かける」

「最近やたら仕事を片付けていると思ったら……やはりそういうことでしたか」


 呆れた声は軽く受け流し、机の地図へ視線を落とす。


 公爵家のメイドから仕入れた情報によると、魔導士養成所から帰ってきたアリーヌは、好きな街歩きをする余裕がなくなったらしい。

 ならば行き先は決まっている。

 ――公爵領アルベルクだ。


 彼女が好きな店に印を付けていく途中、とあるパン屋の名前に、ふと手が止まった。


「……ああ、懐かしいな」


 思わず漏れた声とともに、記憶が蘇る。



 アリーヌとの出会いは、あの華やかな夜会が初めてではない。

 最初は――俺が八歳の頃だった。


 雪が解け、街がようやく春を受け入れ始めた頃。

 シルヴァンが母君へ届け物があると言うので、開発が進む公爵領の景観を見てみよう、と軽い気持ちで同行した帰り道のことだ。


 馬車の中、滅多に表情の変わらないシルヴァンが突然、息を呑む。


 視線の先にいたのは――パン屋から軽やかに駆け出してくる少女。

 陽光を受けて透き通る薄い茶髪。春の光を閉じ込めたような金色の瞳。

 風に揺れる髪先は、小さな光を散らしていた。


 目の前に現れた兄に気づいた少女――アリーヌは、一瞬驚いた顔をした。

 しかし次の瞬間、無表情に戻り、兄の小言を華麗に無視して逃げていく。


 その後ろを、身を隠した護衛が四人追っていった。

 公爵家らしい厳重さだと納得しつつ、俺は戻ってきたシルヴァンをちらりと見た。


「……また脱走です。危ないとあれほど言っているのに」


 珍しく眉間に皺を寄せているシルヴァンを見ながら、その様子に少し驚いたのを覚えている。


 そのときの少女の印象は――ただ一言。

 兄に似ている、だった。


 王宮で取り繕った笑みしか見せない令嬢たちよりは、ずっと素直で自然体だ。

 だが、それ以上の何かを感じたわけでもなかった。


 そのうち、どこかでまた会うだろう。

 公爵家の令嬢なのだから、と思っていた。


 ――あの夜会が再会の舞台になるとは、あの頃の俺は知る由もなかった。

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