38. 消えた蝶
それから俺は、パーティーのたびに庭へ向かった。
いつの間にか、そこは俺たちだけの秘密の場所になっていた。
一緒に魔法の練習をしたこともある。
「あなたは水魔法が得意なのね。私は苦手で」
「そうなの?」
「ええ。羨ましいわ」
「水魔法は攻撃もできるけれど、癒しの面も大きい。綺麗な水辺をイメージして、リラックスした状態で打つと安定するよ」
「やってみますわ!」
放たれた魔力は空に溶けるように広がり、光を受けてきらめいた。
崩れない。綺麗な形のままだ。
「で、できましたわ! ありがとうございます」
「ふふ、君は才能があるよ」
ある時は、やってみたい仕事の話になった。
「私は、断然パン屋さんですわ」
「意外だね」
「街のパン屋さんの焼き立てのパンは絶品なんですの! 創作パンも素敵で……そういうものを生み出せる人に憧れますわ」
「パンを作ったことは?」
「あっ……恥ずかしながら、ありませんの。今度、お願いして作ってみようかしら」
やがて、例のパーティーの日が来た。
いつも通り抜け出し、髪色を変えて庭に向かうと――彼女は少しぐったりとしていた。
「どうしたの? 今日は疲れちゃった?」
「ええ……最近、身体が重くて」
「大丈夫?」
「大丈夫ですわ! 今日は何のお話をしましょうか?」
その日はいつもと変わらず笑い合い、そして彼女はいつものように手を振って去っていった。
――だが、それが最後だった。
次のパーティーでも彼女を探した。
その次も。
――彼女はもう現れなかった。
俺たちは最後まで名乗らなかった。
名乗れば、この関係が壊れる気がしていた。
それでも俺は知っている。
彼女は――幼馴染であるシルヴァン・ベルナール公爵令息の妹だ。
最近、補佐官として側に控えるようになった彼に、さりげなく尋ねた。
「近頃、シルヴァンの妹がパーティーに顔を出していないようだけど、何か病でも?」
「……なぜ妹のことを?」
「親しい者の家族のことは気になるから」
「なるほど……。あの子は魔力が強すぎて、最近不安定になってきまして。念のため、大勢が集まる場所には連れて行かないことにしたんです」
彼女も俺と同じ年。もうすぐ十歳。
ならば、陛下から魔力暴走を抑えるブレスレットが下賜されるだろう。
(ブレスレットに光属性の魔力を込めるだけなら……父上でなくてもいい。
――俺が守れる)
俺は父上を説得する材料を揃え、交換条件として切り出した。
「父上」
「なんだい?」
「……もし不正を暴いた場合、褒美をいただけますか?」
「もちろんだ。望みは?」
息を整え、告げる。
「――アリーヌ・ベルナール公爵令嬢のブレスレットを、私に担当させてください」
父上は目を瞬いた。
隣のベルナール公爵は娘を案じ、顔を曇らせる。
「……シリルや」
「はい」
「いつ、アリーヌ嬢と知り合った?」
「パーティーで、たまたま」
「……まあ、そういうことにしておこう」
「構いませんね?」
「交渉してくるということは、引かないのだろう?
……シリルは魔力も十分だ。よいだろう」
「陛下!!」
怒りに震える公爵。
だが、俺は退く気などなかった。
「こちら、誓約書です」
「……そこまでしなくとも約束するが」
「念のためです」
父上が署名を終えると、俺は静かに別の書類を差し出す。
「ここ半年、財務補佐官のデュヴァル伯爵が怪しい動きを」
「なに?」
俺は追加で帳簿を差し出す。父上の表情が険しくなる。
「直ちに動く必要がありそうだな」
「ええ、あとはお任せします」
「任せろ」
部屋を出るとき、公爵の恨めしげな視線が刺さった。
俺は笑顔で返す。
――これで彼女を守れる。
彼女の笑顔を取り戻すためなら、どれだけでも動く。
そう思えたのは、きっと――あの日出会ったあの庭からだ。
また肩を並べて、何気ない会話ができる日を願った。
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次回からはいよいよ学園編に入ります。
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