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断罪の未来を避けたいのに、王太子から逃げられません 〜この人の想いを信じてもいいですか〜  作者: 華舞 このは
幕間

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37. 夜に咲いた青

 王の誕生を祝うパーティーの日。

 朝から王太子として謁見に立ち会わされていた。


 ようやく会場に出ても、休む暇はない。

 大人たちの挨拶、同年代の令嬢たちの視線。

 笑顔を貼り付け続け、心はとっくに擦り切れていた。


 ちょうどその頃、王宮では腹違いの弟の派閥が静かに生まれ始めていた。

 教育は厳しさを増し、母は余裕を失っていった。

 家族でさえ気を許せない。


 勉強に苦痛はない。

 だが日々は薄暗く、未来だけが重く圧し掛かっていた。


(……息が詰まる)


 だからこそ、飲み物を取りに行くのを口実に、逃げるように会場を抜け出した。

 人目につかぬ場所でそっと手をかざし、髪色を黒に変える。

 それだけで、少しだけ胸が軽くなった。


 王族の居住区近くの庭園を抜けようとしたとき、視界の端で何かが宙を舞った。

 水……いや、流星のように光る小さな水滴。

 誰かが、魔法を使っている。


 まさか反逆者か――

 そう思い、薔薇の垣根越しにそっと覗いた瞬間、息が止まった。


 そこには、ひとりの少女がいた。

 月光を纏った水滴と戯れるように立ち、青いドレスの裾をふわりと揺らしながら、楽しそうに笑っていた。


 髪には大きな蝶の飾り。

 銀にも見える淡い髪が夜風に踊る。

 その姿はまるで夜空に降り立った妖精のようだった。


 彼女は、貴族令嬢らしい作られた微笑みではなく、ただ魔法に夢中になっている顔をしている。


 気配に気づいたのか、少女がぱっと振り返った。


「……あの、大丈夫ですか? ひどい顔してますわよ?」

「……っ」


 不意打ちすぎて、声が出なかった。

 王太子として扱われ、持ち上げられ、恐れられてきたのに。

 初対面の少女が吐いた言葉は――憐れみでも媚びでもない。

 ただの心配だった。


「あ、いや……問題ない」

「問題ある顔ですわよ? ほら、座りましょう」


 手を引かれ、噴水脇に座らされる。


 一瞬、拒もうとしたが――

 少女の香りがふっと鼻をくすぐり、力が抜けてしまった。

 それは派手な香水ではなく、優しい花の匂いだった。


「パーティー、大変ですよね。私、逃げてきちゃいました」

「……逃げた、のか?」

「ええ。人が多いの、疲れますもの」


 あまりにあっさり言うので、思わず笑ってしまった。


「酔ってますよね? 顔がふにゃっとしてますわ」

「……そう見える?」


 最後に取った飲み物は酒だったのか。

 周囲が飲んでいたものを、深く考えず口にしてしまったらしい。


「君は、さっき……魔法を?」

「こっそりです。危ないからって禁止されてますけど……知識を覚えるだけじゃつまらないでしょう?」


 しーっと口元に指を当てて笑う。

 その無邪気さと芯の強さに、胸の奥の冷たい塊がじわりと溶ける。


 母の変化。

 周囲の期待。

 弟との確執。


 気づけば、全部吐き出していた。

 本当はただ――苦しい、と。


 少女はただ聞いていた。

 哀れむでもなく、否定するでもなく。


「……貴族って、本当に面倒ですわよね」


 その一言で、胸が震えた。


「もしこの世界に、身分なんてものがなかったら……と思うことがあります。

 自由に笑って、自由に選んで、責務に縛られずに生きられる世界。

 でも――貴族に生まれた以上、その責任から逃げるのではなく、どう向き合うかが大事なのですよね」


 静かで、強い。


 その瞬間――心が揺れた。


(同じ世界にいるのに、こんなふうに考えられる人がいるのか)


 今まで出会った令嬢は皆、俺に好かれようと理想を演じた。

 けれどこの少女は――違う。


 自分の言葉で世界を語る。

 自分の意思で立っている。


 その姿が、あまりにも眩しかった。

 目が合うと、彼女は照れたように微笑む。


「……あ、内緒ですわよ。反逆思想だと思われたら困りますから」


 その笑顔は、作り物ではなかった。

 胸の奥の張りつめた何かがほどけていくのを感じる。


「……そろそろ戻らないと」

「ええ。また会えたら嬉しいですわ」

「……僕も」


 そう言って立ち去ったが――

 離れても、彼女の言葉の余韻が消えなかった。


(ああ――あの夜からだ)


 世界が、少しだけ呼吸しやすくなったのは。

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