36. また会う日まで
「また半年後な」
「ええ、学園でお会いしましょう」
ラファエルが手を振りながら馬車へ乗り込む。
寮の前は帰宅する生徒たちで賑わい、まだ祝宴の余韻が残っていた。
「お姉さま……」
「ローズ?」
「お茶会、開きます! 遊びにも行きますし、街へも行きましょう!」
「ええ。楽しみにしているわ」
ローズは名残惜しそうに私の手を握りしめる。
「ふふ、呼ばれているわよ。そろそろ行かないと」
「そうですわね……またお泊まり会もしましょう」
「もちろん」
そう言うと、しぶしぶといった様子で手が離れる。
ローズは何度も振り返りながら馬車に乗り込んでいった。
「アリーヌ嬢。これにて失礼します」
背後から声がして振り返ると、エリックが控えめに礼をしていた。
「エリック様、お疲れ様でした。それから……ここだけの話。シリルに頼まれて護衛として来ていたのでしょう?」
「……それは、殿下に直接お聞きください」
ほぼ肯定だ。
誘拐事件が影響しているのかもしれない。
(……本当に、心配性なんだから)
エリックはそれ以上何も言わず、馬車に乗り込んで去っていった。
「さて……私も帰る準備の続きね」
部屋に戻り、荷物を整理していると、金の装飾が施された一冊の本が目に入る。
手に取ると、背筋が自然と伸びた。
(そろそろ、対策を練らないと……)
忘れていたわけではない。
ただ、“悪役令嬢の学園入学前”については、物語には何も描かれていない。
私にとっては、完全な未知の期間だった。
(もう一度、読み返しておきましょう)
物語が動き始めるのは主人公が学園へ入る時――来年の秋。
それまでにできることは、きっとある。
そう思い、本をカバンに滑り込ませた。
◇
「……よし。準備完了」
荷物をまとめ終えて階段を降りると、一階の広間でお祖母様が待っていた。
「お祖母様。本当に、お世話になりました」
「お疲れさま。いい顔になったじゃないか」
静かに抱きしめられる。
その温かさには、旅立ちの寂しさと背中を押す安心が滲んでいた。
「アリーヌ。怖かったこと、悔しかったこと、嬉しかったこと……全部忘れなくていい。
でも、それ以上に――これからのことを大切にしなさい」
「……はい」
返事をすると、お祖母様は目を細める。
「アリーヌは私の誇りだよ。何があっても、私は味方だからね」
思わず息が詰まる。
胸がじんと熱くなった。
「……また、来てもいいですか?」
「もちろん。帰りたくなったら帰っておいで。
――いつまでも、アリーヌの家だよ」
私は小さく頷き、馬車へ乗り込む。
扉が閉まる瞬間、お祖母様がゆっくりと手を振った。
「行ってらっしゃい、アリーヌ」
馬車が動き出す。
見えなくなるまで、私は手を振り続けた。
そして、窓の外の景色がゆっくりと流れていく中、私はそっと本を開く。
(未来は変えられる。必ず――)
そう信じて、私は本のページをめくった。




