31. 強さの本質
――コトリ。
お祖母様がカップを私の前に置く。
立ちのぼる柔らかな香りが胸に染みた。
「どうだい? まだ迷っているかい?」
「……はい。でも、もう逃げません。立ち向かうと決めました」
「そうかい」
お祖母様は誇らしげに目を細めた。
「魔力暴走はね、なぜ起こると思う?」
「……心の乱れ、でしょうか?」
「その通りさ。恐怖や焦り、後悔――そういう感情が魔力に触れると、制御が効かなくなる」
お祖母様はゆっくりとカップを口に運ぶ。
「じゃあ、ひとつ昔話をしようか」
少し照れたような声音だった。
「実はね、私も魔力暴走をしたことがあるんだよ」
「……え?」
思考が止まる。
完璧な人だと思っていた。
「私が十七の頃さ。王立学園の演習で小型魔物の討伐が課題だった。
小型だし、知識もある。余裕――そう思っていた」
お祖母様は懐かしむように笑う。
「倒したと思った魔物に、親がいた。気づいたのは私だけ。
勢いで飛び出したけど……そこで、怖くなった」
視線が遠くへ向けられた。
「手が震えた。魔力が暴れた。
制御できず、私は味方を吹き飛ばした。
骨折した者が出た。死者が出なかったのは――運が良かっただけだ」
お祖母様は何かを思い出したように、くすっと笑う。
「その時のチームにね、ジュールがいた。今はアリーヌのチームで隊長をしている、あの堅物さ。
彼ね、あの時は必死で叫びながら走り回っていたよ。
……普段の顔からは想像できないくらいね」
張りつめていた空気が、少しだけやわらぐ。
けれど、お祖母様は静かに続けた。
「みんな慰めてくれたよ。でもね、私は思ったんだ。
“どうしてできないの”って」
胸の奥が痛む。
「全部できれば迷惑をかけない。
期待を裏切らない。
失望もさせない――」
私は息を呑む。
まるで、自分の心を聞かされているみたいだった。
「でもね」
お祖母様は優しく微笑んだ。
「そんな生き方は、心を擦り減らすだけだよ。
できない自分を否定しているうちは、前には進めない」
静かな声が続く。
「アリーヌ。抱えきれないなら頼りなさい。
助けを求めるのは弱さじゃない。――強さだ」
思わず、目頭が熱くなった。
「頼ったくらいで怒る者は仲間じゃない。
そんな人間なら、縁を切りなさい」
茶目っ気のある笑みが浮かぶ。
「それにね。答えを持つ人がそばにいるなら、聞けばいい。
全部ひとりで背負う必要なんてないんだよ」
私はカップを両手で包む。
――温かい。
「……お祖母様。私、ようやく気づきました」
私だけが戦うんじゃない。
戦うのは、“チーム”なのだ。
息を整え、言葉を置く。
「私――仲間を信じたい。
そして、信じられる自分になりたいです」
お祖母様は満足そうに微笑んだ。
「それでいい。仲間を信じられる魔導士は――強いよ」




