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断罪の未来を避けたいのに、王太子から逃げられません 〜この人の想いを信じてもいいですか〜  作者: 華舞 このは
第二章 魔導訓練

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30. 足りなかったもの

 泣き疲れて呼吸が落ち着く頃、お祖母様の屋敷が視界に入った。

 馬車が止まると、私は涙の跡もそのままに、殿下を真っ直ぐ見つめる。


「……私、負けませんわ」


 その声にはもう震えはなく、芯のある静かな強さだけが残っていた。


「知っている。君は強いよ」


 私は馬車から降り、軽く一礼して殿下の背を見送った。

 ――もう迷って立ち止まるだけの私ではいたくない。

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、アリーヌ」


 お祖母様はいつも通りだった。

 責めることも、問い詰めることもしない。

 その変わらなさが胸に染みた。



 それから三日。


 お祖母様は何も聞かず、私は身体を休めながら静かに過ごしていた。


 ゆっくりと心が静まるにつれ、迷いは逆に輪郭を濃くする。

 戻るべきか。戻れるのか。戻っていいのか――。


 その迷いを断ち切るように、ローズが勢いよく部屋へ飛び込んだ。


「お姉さま! 大丈夫ですか!?」

「ええ、もう大丈夫よ」

「……ほんとうに?」


 疑いが顔に出ている。

 思わず苦笑してしまった。


 討伐隊の状況や魔物の話を交わしながら、ふとローズがためらいがちに口をひらく。


「……お姉さまは、ラファエル様を信じられなかったのですか?」

「――え?」

「だって、ラファエル様はいつも一番に動くでしょう? 訓練でも、模擬演習でも、誰かが危ないときはいつだって……」


 ローズはそっと視線を伏せた。


「だから……きっとミア様のもとへ走っていたと思うんです」


 私は息を呑んだ。

 喉の奥がぎゅっと締め付けられる。


 ――“信じる”。


 その言葉が、胸の奥にずしりと落ちる。


 あの時、私は魔力を制御できなくなるかもしれないと恐れていた。

 けれど同時に、他人に任せることも怖かった。


 もし任せて、ラファエルが間に合わなかったら。

 もし判断を誤り、誰かが死んでしまったら。


 そうなった時、私は自分を許せないと思った。

 けれど、実際は――。


「……ローズ。ありがとう」


 そう言うと、彼女は驚いた顔をした。


「え? なんでお礼を……?」

「あなたの言葉、刺さりましたわ。……痛いくらいに」


 ローズは目を瞬かせ、それから心配そうな顔をした。


「……お姉さま、あまり無理はしないでくださいね?」

「ええ、大丈夫よ」


 それからも話は尽きることがなく、時間はあっという間に過ぎていった。


「ローズ。今日はありがとう。話せてよかったわ」

「はい! また来ます!」


 ローズが帰ったあと、胸の奥にあった重さが、ほんの少しだけ軽くなっていた。



 夕方。

 お茶の時間を終えた頃。


「アリーヌ。少し話があるの。書斎へいらっしゃい」


 お祖母様が柔らかい声で私を呼んだ。


 叱られるのかもしれない。

 慰められるのかもしれない。


 けれど、今の私は逃げなかった。


「……はい。すぐ伺います」


 小さく息を吸い、前を向く。

 ――向き合うべきものから、もう目を逸らさない。


 そう決めたのだから。

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