29. 泣いても前へ
翌朝、私は討伐隊の出発を見送っていた。
「気にするな」
「誰でも通る道だ」
「次があるさ」
皆はそう声をかけてくれる。
その優しさが胸に刺さって、私はただ笑って頷くしかなかった。
――けれど、その列の中にミアの姿はない。
最後尾を歩くラファエルがちらりとこちらを振り返り、手を振る。
その顔には、仲間を失ったような寂しさが滲んでいた。
討伐隊が見えなくなる頃、宿の扉が開く。
「おはようございます」
白いワンピースに身を包んだミアが現れる。
昨日までとは違う淡い雰囲気――
魔導士ではなく、ただの“ミア”だった。
「おはようございます。お見送り、間に合わなかったのね?」
そう声をかけると、ミアはいたずらっぽく片目を閉じた。
腫れた目なのに、どこか晴れやかだった。
「ふふ、私らしいでしょう?」
その笑顔に、胸が少し痛む。
「アリーヌ様」
ミアは一歩近づいて、まっすぐに私を見る。
「どうか……自分を責めないでくださいませ」
「……責めてなど――」
「嘘ですわ。昨日のあなた、少し怖かったもの」
図星を突かれ、言葉が詰まる。
「私ね、気づいたんです。このまま続けても、きっと――心が壊れてしまうって」
「ミア様……」
「だから、辞めるきっかけをくれたあなたに、感謝しているんですのよ?」
柔らかく微笑むその表情は、涙ではなく決意で満たされていた。
「今度遊びに来てください。お茶と魔物図鑑を用意して待っていますわ」
「ええ……必ず」
ミアを乗せた馬車が動き出す。
遠ざかるその背中を、私はしばらく見送っていた。
――砂煙が風に溶け、静寂が戻る。
ミアが消えてしまった景色は、妙に広く見えた。
◇
久しぶりにぐっすり眠り、気づけば翌朝になっていた。
魔力も体力もかなり戻っている。
「アリーヌ様、お迎えの馬車が来ました」
エリックが短く告げ、私の荷物を当然のように持って先に出ていった。
その無言の優しさが心地よい。
宿の人々に挨拶し外へ出た瞬間、私は足を止める。
「……シリル?」
ゆったりと馬車に寄りかかり、余裕の笑みを浮かべている。
「久しぶりだね」
「お忙しいのでは?」
「だから、来るのが一日遅れた」
いや、そういう問題では――。
「……王都には戻りませんわよ?」
「知っている。君をお祖母様のところへ送るだけだ」
私のジト目も、彼は余裕の笑みでかわす。
「乗ろう。話がある」
馬車に乗り込むと、横に座る彼がこちらを見る。
「まだ――魔導士になりたい?」
いきなり核心。
私はしばらく黙っていた。
言葉を選んでいるわけじゃない。
ただ、胸の奥がずっと痛くて――蓋が開くのが怖かった。
「……思っていることを話してみて」
その優しい声が、ふっと心の鍵を外した。
「……諦めたくないの」
震える声。止められない。
「魔力があって、人を救える力があるなら……使うべきだって、ずっと思っていたの。
あの日、私が救えた女の子を見て、そう決めたはずなのに……」
言葉が喉につかえる。
「でも……っ、私、できなかった……!」
視界が滲む。
「制御ができなくて、怖くて……誰かが死んでしまうって……。
ミア様が、みんなが、私のせいで死んでしまうかと思ったら……!」
殿下の手がそっと肩に触れた瞬間、呼吸が乱れた。
「怖かったの」
「……うん」
「本当に、怖かったのよ……!」
声が割れる。
私はずっと、平気なふりをしていた。
怒られたくなかった。弱いと思われたくなかった。
「私、向いてないのかしら……魔導士なんて……。
理想だけ語って、いざとなったら震えるだけで……!」
手が震える。息も苦しい。
――その手を、殿下が包み込んだ。
「それでも君は戦った」
「……っ」
「逃げずに立とうとした。それだけで十分すごいことだよ」
優しい声だった。叱られもしない、慰めでもない。
ただ――私を見てくれている声。
「アリーヌ。君の力は素晴らしいものだ。
暴走したのは、力が大きすぎたからじゃなく――心が耐えられなかったからだよ」
ドクン、と胸が痛む。
「君が恐れたのは“守れなかったかもしれない未来”だ。それほど誰かを想える人を、弱いなんて言わせない」
「……そんな言い方されたら……ほんとに泣いちゃうじゃない……」
「泣いていいよ。僕しかいない」
その言葉がとどめだった。
私は堰を切ったように泣きじゃくり、殿下の手を握り返した。
「……私、強くなりたいの……!」
「知ってる」
「もう、みんなを危険にさらしたくない……!」
「君ならできる。僕が保証する」
馬車は静かに進み続ける。
涙でぐしゃぐしゃのまま、私は小さく息を吸った。
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