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断罪の未来を避けたいのに、王太子から逃げられません 〜この人の想いを信じてもいいですか〜  作者: 華舞 このは
第二章 魔導訓練

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28. 折れた心

 ――意識が浮上する。


 まぶたを開けると、薄暗い天井と軋む木の香り。

 私は宿屋のベッドの上にいた。


 全身が重い。

 魔力は――枯れている。


(……暴走したのね)


 理解した瞬間、背筋がひやりと冷え、身体が小さく震えた。

 もしブレスレットがなかったら。もし止まらなかったら。

 ――皆、私のせいで。


 喉がつまる。


「アリーヌ様?」


 カチャ、と軽く扉が開き、ミアが顔を覗かせた。

 笑っているのに、どこかぎこちない。


「ご気分はいかがですの?」

「……ええ、なんとか……」

「オベール隊長をお呼びしますわ」


 ミアは駆け足で部屋を出ていく。

 閉まり際に見えた彼女の顔は――何かに耐えているようだった。


 ぼんやりと、手首に残るブレスレットの光を思い出していると、扉がノックされる。


「入るぞ」


 椅子が床を擦る音。落ち着いた低い声。


「顔色は悪くないな」

「……はい」

「魔物はすべて討伐済みだ。我々は慣れている。心配はいらん」

「……そうですか」


 短い沈黙。

 隊長の声が、わずかに低くなる。


「だが――今回は危険すぎた。正直、肝が冷えた」

「……はい」


「魔力暴走。……見たのは二度目だ。やはり、血筋か」


(血筋……?)


 胸に小さな疑問が浮かぶ。だが聞く勇気はなかった。


「次の討伐のため、隊は明日には出る。だがベルナール――今のお前では無理だ。魔力も精神も消耗しすぎている」


 言葉は鋭いのに、不思議と温度があった。


「よって、一週間の休暇を命じる。明後日、シュバリエと共に屋敷へ戻れ」

「……はい」


「続けるも、降りるも、決めるのはお前だ。どんな答えでも責めはせん」


 短く息を吐くと、隊長は背を向け、静かに出ていった。


 扉が閉まる。

 思っていたより、胸に痛みが残った。


 再びノックの音。

 ミアとラファエルが入ってくる。


 空気が重い。

 沈黙が、痛い。


 先に口を開いたのはラファエルだった。


「……悪かった。ミア嬢に一番近かったのは俺だ。俺が助けるべきだった」

「違うわ! 私が弱かったから……」

「弱いわけじゃねぇよ。魔力が強すぎるだけだ。扱いが難しいんだ」

「そんなこと……」


 ふいにミアがぽつりと呟いた。


「弱いのは私よ」


 俯いた肩が震えている。


「魔物が好きなんて言っておいて……本物を前に怖くて動けないなんて。――滑稽でしょう?」

「ミア様……そんな――」

「本当の実戦は違ったわ。怖かった。足が動かなくて、声も出なくて……。

 あの時、アリーヌ様が助けに来てくれたのに……私、足手まといだった」

「違う! 暴走したのは私の制御不足で――」

「いいえ」


 涙を堪えた声。


「アリーヌ様が昔、女の子を救った記事を読んだの。憧れたわ。

 でも、その助けられた女の子――私はそちら側だった」


 ぽた、ぽた、と涙がシーツに落ちる。


「私、魔導士に向いてないわ。好きと向いてるは別物だったの。

 成績だって下から数えた方が早いし……怖くて足がすくむようじゃ、仲間を危険に晒すだけ」

「そんな……」

「だから、やめるわ。領地に戻って、今まで通り暮らすの」


 ミアは泣きながら笑った。

 その表情が、胸に鋭く刺さる。


「アリーヌ様のせいじゃない。これは私の判断よ」

「……ミア様……」


 気づけば私も泣いていた。


 その夜、私たちは言葉にならない思いを抱えながら、肩を寄せ合って泣き続けた。

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