25. 初討伐前夜
翌朝、私たちはまだ薄暗い王都を出発した。
ザンデル峡谷町で一泊し、さらに半日――
乾いた風が吹き抜ける砂地の向こうに、ルーメ砂堂の巨大な遺跡群が姿を現した。
夕陽を浴び、石壁が金色にきらめく。
「わあ……」
息をのむほど壮観だった。
「初めて来ました。……思ったよりずっと綺麗なんですね」
隣でミアが感嘆の息を漏らす。
ふっと目が合うと、彼女はいつもの柔らかな笑みを見せた。
◇
宿に荷物を置くと、すぐに一階の食堂へ呼ばれる。
丸テーブルの上には温かなスープと焼いた小麦パンだけ。
けれど、不思議と心が弾んだ。
「ここのスープ、意外と美味しいわね。お二人とも、お口に合う?」
「ええ、とても。出汁がしっかりしていて驚きましたわ」
「この町の名物らしいぜ。たしかに旨いな」
三人で顔を見合わせる。
明日が初めての討伐だというのに、気持ちは浮き立っていた。
「砂堂の遺跡って、もっと荒んだ場所だと思ってましたけれど……ちょっと安心しましたわ」
「封鎖区域以外は観光客だらけだからな。雰囲気は悪くない」
そう言うラファエルの声は、いつもより静かだった。
「……ですが油断できませんわよ」
そう言って背筋を伸ばしたのはミアだった。
真剣な表情に、空気が引き締まる。
「明日は、どんな魔物が出るのかしら?」
「砂地ですから、さそり型か、もしくはサボテン型……いや、湿度が残っているので蛇型の可能性もありますわね」
「ミア様、魔物に詳しいのですね?」
「はい……! 魔物が大好きなんですの!」
ミアは目を輝かせ、勢いよく両手を胸の前で握った。
普段のふんわりとした雰囲気からは想像できない熱量に、思わずラファエルと顔を見合わせる。
「魔物って種類が多いですし、見ているだけで飽きませんもの!
倒されたあと、ゆっくりと砂のように散って自然に帰るところも、まるで芸術作品みたいだと思いません?」
「研究者みたいだな、ミア嬢」
「ふふっ。そう言われるの、嫌いじゃありませんわ」
ミアは少しだけ顎を上げ、誇らしげに肩を揺らした。
その横顔は、普段よりもずっと生き生きとしている。
「でも……どうして魔導士を?」
問いかけると、彼女の指先がわずかにスープ皿の縁をなぞった。
ほんの一瞬、視線が落ちる。
「ええと……お恥ずかしながら、私の家は少々貧しくて。研究職につく道はありませんでしたの。
でも、こうして魔導士見習いとして魔物に会えるだけで十分幸せですのよ」
言い終えると、ミアはゆっくりと顔を上げた。
そこには華やかな笑みではなく、きゅっと気を引き締めた表情があった。
「明日はミア様の知識が心強いですわ」
「ええ……! 精一杯頑張りますわ!」
その言葉に、自然と笑いがこぼれる。
明日は初めての討伐。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも、この二人とならきっと前に進める。
そうして、砂堂の夜は静かに更けていった。




