23. 事件の後で
「シリル……?」
誘拐事件の翌日から、関係者たちは後始末に追われた。
訓練は一週間休みとなり、今日はその最終日。
あの夜、お祖母様の屋敷へ送り届けられてから殿下とは会えていなかったが、王宮に戻る前にと、短い時間だけ温室でお茶会をすることになった。
「ああ、すまない。待たせたね」
「事件は落ち着いたのですか?」
ふと視線が重なり、殿下が柔らかく微笑む。
「誘拐事件としては、一応の決着がついたよ」
「フィリップ様は……?」
その名を口にすると、殿下の瞳がかすかに影を落とした。
「あの者は裁きにかけられる。公爵令嬢を二人――罪が軽いはずがない」
「……そうですか」
フィリップから悪意を感じたことは一度もなかった。
あの笑顔の裏で、どれほど追い詰められていたのだろう。
誰を信じるか、何を選ぶか――
いつぞやの青い鳥の言葉が胸の奥で鈍く響く。
「そういえば、魅了薬とはいったい何だったのですか?」
「あれかい? 魔物の血から魔力を抽出して精製した、禁忌の薬だよ」
「魔物から……?」
「そう。しかも闇市で出回るものより数十倍は濃い。普通なら扱えない代物だ」
思わず指先に力が入り、カップの縁が小さく鳴った。
あの小瓶を握っていたフィリップの震える手が、脳裏に蘇る。
「試しに小瓶に残っていた薬を一口飲んでみたけれどね。普通の人なら四ヶ月……魔力が弱ければ半年は続く強さだった」
「の、飲んだって……!?」
「大丈夫だよ。王族は、ああいった薬は効かない体質なんだ」
心底ほっとして、手を胸に当てる。
(光属性で打ち消せるのかしら……?)
「アリーヌも気をつけて」
「はい。シリルも……」
ふと、殿下がこちらを静かに見つめていることに気づく。
「ど、どうかしました?」
「こうして落ち着いて話すの、久しぶりだなと思って」
「そうですわね。シリル、全然来てくださらないし……」
「事件が起きる前に来る予定だったんだけどね。なかなか思うようにはいかないな」
小さく肩をすくめる仕草が、いつもの完璧さとは違って見えて、胸がくすぐったくなる。
「シリルでも、難しいこともあるのですね」
「あれ? 僕のことそんなに高く評価してくれていたんだ?」
「み、皆さまがそうおっしゃっていますので!」
頬が一気に熱くなる。
その反応を、殿下はどこか嬉しそうに見つめていた。
「アリーヌは……こんなことがあっても、魔導士を目指すんだね」
「はい。せっかく無事だったのですもの」
「……そっか。残念だな」
シリルはそっと席を立つ。
「そろそろ行かないと。アリーヌが頑張っているんだから、僕も負けていられない」
「はい。頑張りましょう、シリル」
温室を出ると、ひんやりとした風が肌を撫でた。
頬が冷えて、少し赤くなる。
屋敷までの道を、わずかに赤い鼻をした二人で並んで歩いた。




