20. 平穏の日々に落ちた影
――三ヶ月後。
あっという間に日々は過ぎ、外に出ると吐く息が白くなる季節になっていた。
厳しい訓練は毎日続き、気づけば残った訓練生の数は半分以下に減っている。
私はというと、以前なら息も絶え絶えだった坂道も、今では少し余裕を持って駆け上がれるようになった。
身体も魔力も、確かに成長しているのだと実感できる。
「はーあ、ここしか空いてないか」
「ちょっと、ラファエル様! あっち行きなさいよ!」
「まぁいいじゃない」
あんなに嫌味ばかり言っていたラファエルも、努力する私たちの姿を見て少しは見直してくれたらしい。
最近は、今までの失礼について謝罪してくれたばかりだ。
「アリーヌ嬢はこんなに上品で気品があるというのに、ローズ嬢は……」
「なんですって!? たしかに、お姉さまは別格ですけども……」
今日も二人は口喧嘩を始めた。
慣れた光景に微笑みをもらし、フォークを手に取る。
目の前に置かれたご飯からは湯気が立ち上り、香ばしい匂いが食欲をそそる。
気づけばあっという間に平らげてしまった。
食事を終えて座学へ向かう途中、背後から軽い足音が駆けてくる。
「アリーヌ嬢!」
振り返ると、フィリップが小走りで近づいてきた。
いつもより少し頬が赤く、息が乱れている。
走ってきたにしては、どこか焦燥の色が濃い。
目が合った瞬間、なぜか彼は一瞬だけ視線をそらした。
「なんでしょう?」
「さっき、アリーヌ嬢宛のお手紙が紛れていたので、後ほどお渡ししたくて」
差し出された言葉は丁寧なのに、どこかぎこちない。
「わかりましたわ。後で寮まで取りに行きますね」
そう返すと、フィリップはほっと笑ってみせた。
けれどその笑顔の奥に、一瞬だけ、何か沈んだ影が揺れた気がした。
(……疲れているのかしら?)
そう思ったが、問いかける前に彼は「それじゃあまた」と軽く手を上げて去っていった。
その背中を見送りながら、手紙に想いを馳せる。
殿下をはじめ、ロランやナタリーから寄せられる定期的な手紙は、厳しい訓練の中で小さな安らぎとなっていた。
(誰からの手紙かしら? 楽しみだわ)
◇
座学と訓練が終わり、待ち合わせ場所の寮の裏口に行く。
「……え?」
目に入ったのは、ぐったりとしたローズの姿だった。
息はしているものの、意識が朦朧としている。
公爵令嬢を襲うなんて――誰が?
「ローズ!? いったい何が――」
近づこうとした瞬間、背後にぞくりと悪寒が走る。
振り返るより早く、冷たい布が鼻と口を塞いだ。
「……っ!」
そこにいたのは――見慣れた白髪。
やわらかい笑みの面影だけを残し、どこか虚ろな瞳をした少年。
(フィ……リップ……?)
信頼していた顔が、こんなにも冷たく見えるなんて。
恐怖とも混乱ともつかない感情が胸を締めつけ、声がうまく出ない。
「あ、なん……で……?」
伸ばした指先が空をつかむ。
その疑問も、その叫びも、誰に届くことなく――闇が音もなく落ちていった。




