19. 思わぬペア
「隣、座っていいかな?」
珍しく、座学の時間ギリギリになってフィリップが教室へ入ってきた。
少しだけ息を弾ませている姿は貴重だ。
この日、ローズは体調を崩しており、私の隣だけぽっかり席が空いていた。
「どうぞ」
「ありがとう。助かったよ」
フィリップがほっとした表情で腰を下ろした瞬間、ちょうどチャイムが鳴り響き、教室がしんと静まり返った。
本日のテーマは魔物学――魔物の分類、生態、弱点、そして討伐の基礎戦術。
途中、魔物の種類ごとに対処法を考えるペアワークが始まる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
視線が合い、自然とフィリップと組んだ。
「狼型の群れか……これはまず、散乱している個体を一箇所に集める必要があるね」
「では、風魔法で誘導する方向でしょうか?」
「うーん……集めるとなると、かなり強い風が必要になるよ」
「でしたら、むしろ逆で、一匹ずつ隠密に対処する方が安全かもしれませんわ」
「なるほど。気づかれていない状況なら、その方が確実だね」
私たちは、まるで本当に討伐に向かうかのように真剣に意見をぶつけ合った。
フィリップは論理的で、冷静に状況を整理していくので、一緒に考えていると自分まで頭が冴えてくる気がする。
そのまま集中していたらあっという間に時間が過ぎ、講師からワーク終了の声がかかる。
フィリップと顔を見合わせて小さく笑ったところで、休み時間になった。
ふと、以前から気になっていたことが胸の中に浮かび、そのまま口にしてみる。
「そういえば、フィリップ様はどうして魔導士を志したのですか?」
「うーん……正直、自分から強くなりたいって思ったわけじゃないんだ。実は、とあるお偉いさんから推薦があってね」
「推薦……?」
ローズも同じく、推薦枠で来ていると言っていた。
フィリップも、となれば――。
(……やっぱり殿下かしら?)
「アリーヌ嬢はどうして志したの? あなたの場合、公爵令嬢で王太子殿下の婚約者だし……危険な現場に出る必要なんてないと思うけど」
「いいえ、だからこそですわ。“上に立つもの”は、民を守る力を持つべきだと思っていますの」
「……守る力、か」
ふっと、フィリップの瞳に影が落ちた気がした。
胸の奥に、何か言えない思いを抱えているような――そんな横顔。
「守りたいものがあるなら、自分が強くならないといけない。……その考え方、好きだよ」
影はすぐに消え、いつものやわらかいはちみつ色が笑みを宿した。
「恥ずかしい話だけど、父は……厳しい人でね。失敗は許されなかった」
「まあ……」
「僕が怒られるとき、兄がよく庇ってくれたんだ」
淡々と語るその口調には、痛みが混ざっているのに、どこか誇らしさもあった。
「だから兄が守ってくれたように……今度は、僕が“誰かを守る側”になりたいとは思ってる」
彼がそう言った瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
「お互い、頑張ろうね」
「ええ。もちろんですわ」
そう微笑み合ったところで、次の授業の開始を知らせる鐘が鳴った。
(……守りたいもののために強くなる。その想いは、きっと私だけのものではないのね)
授業が終わったら、ローズのお見舞いに行かなくては――。
そんなことを考えながら、私は教科書を開いた。




