1. 親友の訪問
最近、毎日が忙しい。
十三歳となった途端、公爵令嬢としての教育が一気に本格化した。
学問、マナー、魔法。
机と睨めっこする時間が増え、友人の家に遊びに行くことも、街へ出ることもめっきり減った。
そんな折、久しぶりにナタリー・ルコント侯爵令嬢が訪ねてきた。
母同士が親友で、彼女とは幼い頃からの付き合いだ。
馬車を降りたナタリーは、長い銀髪によく映える青い瞳を瞬かせ、憐れむような視線を向けてきた。
「なんだか、顔色が悪いわよ。お茶会にも全然顔を出していないし、相当大変なのね」
「そんなに?」
「ええ。鏡、ちゃんと見てる?」
そう言ってから、くすりと笑う。
「だから今日は、これを持ってきたの」
差し出されたのは、一冊の本だった。
「今、巷で大流行の小説よ。純愛でキュンキュンするの」
「ナタリー、本当に恋愛ものが好きね」
「あら。ときめきは物語で摂取するものよ?」
「ふふ、相変わらずだわ」
そのまま応接間へ案内し、いつものように向かい合って席についた。
二人でクスクスと笑い合い、サクサクのクッキーを口に含む。
紅茶の香りがふんわりと漂い、胸の奥にこびりついていた疲れが、ゆっくりと溶けていく。
「そういえば、最近のお茶会、話題はシリル殿下一色なの」
「完璧超人と噂の王太子殿下?」
「しかも、とてもイケメンよ。ついに婚約者が決まるらしいわ」
「イケメン……ねえ」
私はふと、昔の記憶を辿る。
「今まで会った中で一番綺麗な顔立ちだったのは、小さい頃に王宮のパーティーで何度か話した少年だったわ」
「あら、誰かしら」
「きれいな黒髪の、私と同じくらいの年の子。知ってる?」
「ルデュック公爵家の方でないなら……心当たりがないわね。隣国の貴族かしら」
「かもしれないわ。いつの間にか見かけなくなったし」
「残念。アリーヌが一番のイケメンって思うなんて、相当なのに」
「なによ、それ」
◇
楽しい時間はいつもあっという間に過ぎていく。
一緒に夕食をとった後、ナタリーは名残惜しそうに馬車へ乗り込んだ。
「アリーヌ、きちんと休むのよ?」
「ありがとう」
「それから、小説も読むのを忘れないでね!」
「わかってるわ」
馬車が門の向こうに消えるまで見送り、静かになった庭で、小さく息を吐く。
部屋に戻り、お風呂を済ませて夜の勉強を終える頃には、すでに深い時間になっていた。
身体は疲れているはずなのに、頭だけが冴えている。
机の上には、金の装飾が柔らかな灯りを反射して、まるで秘密を隠しているように輝くお土産の本。
手に取ると、表紙の模様が微かに光った――
そんな気がした。
「……折角だし、冒頭だけ」
そうして私は、ベッドの端に腰掛け、本を開いた。




