プロローグ
ついに、この日がやってきた。
悪役令嬢の私、アリーヌ・ベルナールは、本日の卒業パーティーで断罪される――。
窓から差し込む朝日を見て、その眩しさに目を細めながらベッドから起き上がる。
鏡に映った自分の金色の瞳が、光を受けて一瞬きらりと輝いた。
「おはようございます、お嬢様」
控えていたメイドのアニーが、柔らかく声をかけてくる。
「おはよう。今日もいいお天気ね」
「きっと、今日のようなおめでたい日を、天も祝福しているのでしょう」
「……そうね」
会話を交わす間にも、テキパキと朝食の準備が整えられていく。
テーブルに並ぶ果物はどれも瑞々しく、やけに鮮やかに見えた。
甘酸っぱいイチゴを口に運ぶと、その美味しさに思わず口元が緩む。
「朝食を召し上がりましたら、お風呂にお入りください。マッサージの後、お召し替えとお支度をいたします。
王太子殿下はご用事があるとのことで、本日はお嬢様お一人で向かうことになります」
「わかったわ。ありがとう、アニー」
アニーが退室すると、部屋は静寂に包まれた。
あまりにもいつも通りで、拍子抜けしてしまう。
今日という一日で、この先の人生が決まるかもしれないというのに、朝の空気はどこまでも穏やかだ。
「……物語とは違うのだから、大丈夫」
湯に浸かりながら、自分にそう言い聞かせる。
この世界が、あの“物語”とよく似ていたとしても、全く同じではない。
私は殿下と良好な関係を築いていたし、ヒロインらしき少女をいじめるような真似もしていない。
破滅する理由なんて、どこにもない。
――はずなのに。
婚約者である殿下は迎えに来ない。
もしかして、物語の筋書き通り“断罪の日”を迎えているのでは――?
胸の鼓動が少しずつ速くなる。
のぼせそうになったころ、扉の外からメイドたちの声が聞こえてきた。
お風呂から上がると、いつも以上に丁寧に支度が進められ、鏡には美しく着飾った自分の姿が映し出される。
プリンセスラインのドレスは、殿下の瞳と同じアクアマリン。繊細なレースと刺繍が光を受けて品よく輝く。
そして耳元や胸元の宝石までもが同じ色で統一されており――これでもかというほど、殿下の婚約者であることを主張していた。
これからその殿下に断罪されるかもしれないと思うと、胸の奥が妙に冷たくなる。
仕上げに、いつも油断すると絡まってしまうストレートの薄茶の髪を、アニーが丁寧に梳いてくれる。
ブラッシングが終わると、桔梗の花を象った髪飾りがそっと髪に挿された。
婚約が決まったときに殿下から贈られたものだ。
――さすが殿下、趣味だけは悪くない。
「お嬢様。本日もとてもお美しいです」
「ありがとう」
本当は、“これからもよろしくね”と伝えたかった。
けれど、その言葉は飲み込む。
これから何が起こるのか――今の私には、まるで見当もつかないのだから。
さあ、馬車に乗って戦場に向かいましょう。




