16. 新たな門出
風が心地よく頬を撫でる。
お祖母様へのお土産――サクサクのクッキーを手持ち鞄に収め、後ろを振り返る。
お祖母様は現在、魔導士の訓練を請け負っており、私も一緒に参加することになっていた。
「お姉さま、本当に行ってしまうのですか……?」
今年十歳になる弟が、潤んだ瞳でこちらを見上げている。
その小さな肩が、頼りなく震えていた。
「そうよ、ロラン。お姉さまは強くなって帰ってくるから、いい子で待っていてね」
なるべく明るく言ったつもりなのに、ロランは唇を噛んで俯いてしまう。
その姿に、胸がじんと痛んだ。
「手紙、書いてもいい?」
「もちろん。たくさん送ってちょうだい」
ようやくロランの表情が少しだけ緩む。
「さあ、そろそろ行かないと。怪我には気をつけてね」
お母様がそっと背を押してくる。馬車へ向かおうとしたそのとき――。
「……頑張れ」
低く短い声。振り向けば、お父様が照れくさそうに視線を逸らしていた。
「辛くなったら、いつでも帰ってきていいんだからな」
隣で腕を組んだお兄様が、不器用な優しさを隠しきれずに言う。
思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう、お父様、お兄様。……行ってまいります」
皆に見送られながら、馬車はゆっくりと動き出した。
◇
お祖母様が暮らすのは、山にほど近い自然豊かなアウルデン地方。
休憩を挟みながら朝から揺られ続け、屋敷の前に着いたのは夜の9時過ぎだった。
馬車から降りると、澄んだ空気が肺の奥まで染み渡る。
頭上には星が瞬き、道の灯りすら柔らかく感じられた。
「アリーヌ、久しぶりだね。ずいぶん大きくなって」
「お久しぶりです。しばらくお世話になります」
出迎えてくれたお祖母様は、以前よりふっくらとしていて、とても健康そうだ。
この明るく朗らかな人から、どうしてあの表情筋が行方不明のお父様が生まれたのか――本気で不思議になる。
「お土産ですわ」
「あら、ここのクッキー好きなのよ。嬉しいわ」
クッキーを渡した瞬間、手首のブレスレットを見たお祖母様が、わずかに息をのんだ。
その表情がほんの一瞬だけ固まる。
「そのブレスレット……」
「え? なんでしょうか?」
首を傾げると、お祖母様は肩をすくめ、柔らかく微笑んだ。
「いや、気づいてないなら、それでいいわ」
気になる。
けれど深追いするのは違う気がして、ぐっと飲み込んだ。
そのまま屋敷を案内してもらい、最後に寝室へ通される。
「ここを使ってね。何か足りないものがあったら、遠慮なく言うんだよ」
「ありがとうございます」
白を基調に整えられた部屋は、かわいらしい小物やアンティーク家具が並び、どこか温かい。
旅の疲れがふっと抜けていくような居心地の良さだった。
魔導士養成プログラムの開始は四日後。
それまで、道中で痛めた腰を休めながら、ゆっくり自然に癒やされることにした。




