番外編1 王宮の片隅で、私は見ていた
社交の場では、将来の商売のためにも顔を売っておくのが大事。
私はナタリー・ルコント。
今夜も愛想よく挨拶を重ね、ひとまず区切りをつけたところだった。
ふと、会場が静まり返る。
このパーティーで最も注目を浴びている二人が歩み出しただけで、空気が変わったのが分かった。
(これは見逃せないわね)
手元のグラスをそっと置き、周囲を観察する。
親友のアリーヌと、その婚約者である王太子殿下がダンスフロアへ進んでいく。
楽団の旋律に合わせて踊り始めた二人は、まるで光を纏ったかのように美しかった。
シリル殿下を狙っていた令嬢たちは、アリーヌの眩しいほどの美しさと品格にざわつき、嫉妬とも羨望ともつかぬ視線を投げている。
入場時からアリーヌを目で追っていた若い男性陣はそろって肩を落とし、静かに現実を受け入れていた。
そして――
陛下、王妃殿下、公爵閣下といった上位貴族の一部が、なぜか“諦め”の色を浮かべているのが目に留まる。
(婚約の時、裏で何かあったのかしら……?)
アリーヌを見るかぎり、この婚約は彼女が望んだものではない。
政略の気配はある。
でも――あのベルナール公爵一家が、娘をただの駒のように扱うはずがない。
(分からないわね……)
ふと、王太子殿下の顔が視界に入る。
柔らかな笑み。
けれど、その瞳の奥に宿っていたのは――黒い炎。
一瞬の見間違いだと思ったが、そうではなかった。
(……ああ、そういうこと)
涼しい顔で踊るアリーヌに目を戻し、私は小さく息をつく。
アリーヌはまだ、自分を取り巻く本当の温度に気づいていない。
現実は、彼女が思うよりずっと熱を帯びているのに。
(アリーヌ……あなた、きっともう逃げられないわよ)
彼女は、何も知らないまま、ただ音楽に身を委ねて美しく舞っている。
あの清らかな優雅さが、かえって危うく見えるほどに。
「あなたはあなたのままでいて。たとえどんな状況でも」
私は誰にも聞こえない声で、親友へとそっとエールを送った。




