15. 王宮での第一歩
「アリーヌ・ベルナールでございます」
「うむ、よく来たね。立派に成長したようだ」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
スカートの裾をつまみ、深くカーテシーをする。
殿下とよく似た陛下が、穏やかな笑みを浮かべてこちらをご覧になる。
けれど、その目の奥には微かな厳しさがあった。
――王太子妃にふさわしいかどうか、見極められている。
「これからもシリルをよろしく頼みますよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
陛下の隣で、王妃殿下が柔らかく微笑まれる。
婚約が内定して以来、何度もお茶会に招いてくださり、温かく見守ってくださる方だ。
そのお優しさが胸に染みて、少しだけ肩の力が抜けた。
無事に挨拶を終え、お兄様の社交に付き合っていると、背後から落ち着いた声が響いた。
「お待たせ。迎えにきたよ」
その瞬間、楽団がちょうど新しい旋律を奏で始める。
優雅なワルツの調べに乗せて、殿下が静かに手を差し伸べた。
「アリーヌ。僕と踊ってくれますか?」
「……はい」
差し出されたその手を取ると、胸の奥がふっと熱を帯びる。
その瞬間、会場のざわめきが遠のいた。
音楽と、彼の体温だけが近い。
「ダンス、とても上手だね」
「シリルのリードあってこそですわ。これなら、誰でも美しく踊れます」
「……誰でも?」
わずかに眉が寄る。
「僕がここまで上達したのはアリーヌのためなのに。他の誰かと踊るつもりはないよ?」
「えっ。ですが、シリルは……」
「冗談だよ。アリーヌのためっていうのは本当だけど」
軽やかにターンさせられ、殿下の腕の中に戻る。
見上げた彼の表情は、先ほどまでの戯れとは違っていた。
思わず、息が止まる。
「そういえば、宰相殿が今日のパーティーで今後を判断するんだって?」
「ええ。どうしてご存じなのですか?」
「婚約者だもの。知ろうと思えば、ね」
「そうでしたわね」
(……お父様に聞いたのかしら)
「ダンスもマナーも完璧だ。誇らしいよ」
「シリルにそう言ってもらえると、安心します」
「本当に魔法の修行に行くの? しばらく会えないよ?」
「……はい。強くなりたいんです」
殿下は苦笑しながら、わずかに眉を下げた。
「たまには会いに行ってもいい?」
「でも、シリルはお忙しいのでは……?」
「そこは“来てください”って言うところだよ?」
「えっと……すみません?」
「疑問形なんだ……」
肩をすくめながらも、王太子らしい端正な笑みは崩さないまま、くつくつと笑う。
「どうせ、止められても行くけれど。忘れられたくないし」
「忘れたりなんてしませんわ」
「本当?」
「本当です」
「ふふ。仕事の都合で頻度は減るけど、それでも行くよ」
「無理はなさらないでくださいませ?」
「これは手厳しいな」
二曲踊り終えると、殿下の周囲には次を望む令嬢たちが自然と列を作っていた。
私は軽く礼をして退き、少し息を整えようとバルコニーへ出る。
「アリーヌ、ここにいたのか」
「お父様」
夜風の中、お父様が静かに歩み寄ってくる。
「少し話をしていいかい?」
「……はい」
「まだパーティーは終わっていないが――合格だ」
「……!」
胸がきゅっと熱くなる。
「勉学も、礼儀も、よく努力したな」
「……ありがとうございます」
ぽん、と優しく頭に手を置き、お父様は会場へ戻っていった。
残された私は、夜空を仰ぐ。
「……やっと。やっと土俵に立てたんだわ」
胸に秘めていた想いが、静かに満ちていく。
星々は静かに瞬き、私の新しい道を祝福しているかのようだった。




