11. 深夜のお見舞い
どれほど眠っていたのだろう。
目を覚ましたとき、体の奥に重さは残っているものの、魔力の空洞感は薄れていた。
身じろぎすると、すぐそばに人の気配を感じる。
反射的に心臓が跳ねた。
「アリーヌ?」
低く、静かな声。
顔を近づけられて、ようやくそれが殿下のものだとわかり、息をつく。
「お、おはようございます……?」
「目が覚めたんだね」
殿下が指先を軽く振ると、蝋燭が一斉に灯った。
柔らかな光の中に浮かび上がったのは、寝巻きの上にガウンを羽織った姿。
いつもの完璧な装いとは違う。
髪もわずかに乱れていて――そのせいで、胸が不意にざわついた。
殿下は水差しを手に取り、コップに注いで差し出してくる。
「喉、乾いてるだろう。もう夜中の2時だけど、軽く何か食べる?」
「……ありがとうございます。お水で十分です」
ひと口飲むと、驚くほど体に染みた。
「あの……殿下は、なぜ?」
「寝付けなくてね。ちょうど様子を見に来たところだったんだ」
そう言って微笑みながら、椅子に座る。
――近い。思ったより。
思わず、背中をシーツに預ける。
距離を取るための、ほんの小さな動き。
(……仮の婚約者とはいえ、この距離は、少し――)
視線を逸らすと、殿下もそれに気づいたのか、わずかに身を引いた。
「じゃあ、夜も遅いし、僕はそろそろ――」
「殿下、待ってください」
考えるより先に、手が伸びていた。
「わっ……!」
大きく見開かれた目。
その反応に、こちらの方が動揺する。
「……不意打ちは、心臓に悪いよ」
耳が赤い。
その事実に気づいた瞬間、指先が熱くなり、慌てて手を離した。
「い、いえ、その……魔法の勉強方法を伺いたくて」
「……ああ、そういうことか」
小さく咳払いをして、殿下はいつもの表情に戻る。
「今回のことで、自分の未熟さを痛感しました。強くならないと」
「本当は――僕が守りたいけどね」
小さな声。
聞き間違いかと思って顔を上げると、殿下はすでに視線を逸らしていた。
「知識は独学でもいい。でも実践は、師がいた方がいい。
アリーヌ嬢は魔力が強い。暴走したとき、止められる人が必要だ」
「……なるほど」
「宰相殿は忙しいけれど、ベルナール家には優秀な魔導師が多い。相談してみるといい」
「ありがとうございます」
「うん。他に聞きたいことは?」
「……いえ、大丈夫です」
殿下は立ち上がり、扉の前で振り返る。
「無理はしないで。君は、十分やれていた」
その言葉を最後に、扉は静かに閉じられた。
残された部屋に、蝋燭の光だけが揺れる。
身体の奥に、まだ微かな魔力の滞りを感じながら――
(……このままじゃ、いけない)
そう思ったところで、意識は再び、やさしく闇に沈んでいった。




