第九話:A thin, black, rectangular object・薄くて黒くて四角いモノ
「なあ、何なんソレ……」
阿部が泣きそうな、それでいて怒っている様な顔をして件のスマホを指す。
「だから、コレが相談したスマホだよ」
「お前、頭おかしいんちゃうか?!」
「そんな言い方しなくてもいいだろ?」
「お前、気づいてないみたいだから言うけどな……それ、スマホちゃうで」
「え?」
「確かに、オレにも声は聞こえたで……マジ意味分からんけどな」
「何を言っているんだよ……これはどう見てもスマホだろ」
だが、阿部の引き攣った顔を見ていると不安になってくる。
「……やめてくれよ。え、だって画面だって映るし」
スマホを操作してホーム画面を映し、阿部の顔に寄せる。
「やめぃやぁ~それ以上近づけんといてな……あんなぁ……俺にどう見えているか説明したろか?」
「え?……ああ、スマホじゃなかったら何だよ?」
「呪符の貼られた位牌や」
ゾワっとする。手触りも形もスマホである。着信もしたし画面も見える。
……はずだった。阿部の一言がきっかけだったのか分からないが、自分が握っているスマホと思っていたものが、位牌になっていた。
「うわぁっ!!」
思わず手を放す。テーブルの上で跳ねて床に落ちる。
呼吸が苦しくなる。
胸が……心臓の動悸が激しくなる。
汗が噴き出て目に入る。
はっ!はっ!はっ!……はっ!
まただ、強烈な眩暈がまた襲ってくる。
「おい、近藤!大丈夫か?!」阿部の声が遠くに聞こえる。
意味が分からず、脳が処理を受け付けず、思考が悲鳴を上げる。
「うわぁ…あああああああああ!!」
バチンと頬を叩かれる。
「お前しっかりせいや!!パニクっとる場合ちゃうで」
頬に食らった痛みが現実に引き戻す。
「息を吸わんかい!」
今度は背中を叩かれる。
心臓の音が激しすぎて爆発するんではないかと耳元まで響いていたが、大きく息を吸うと、少しだけ収まる。
「ああ、す、スマン……俺は一体どうなって」
「俺にも分からんが、ヤバイっちゅうことはわかる。ちょっと待っときや」
阿部はどこかに電話をし始める。
「あ、おばちゃん。オレやオレ……靖男や……ちゃうちゃうオレオレ詐欺ちゃうわい!いやマジで洒落にならんもんに巻き込まれてな……いや、それはええねん。そやからオレちゃう言うてんねん……会社におる同期の奴や。いや、分からんけど……位牌がな……そや、だから、知らんけど憑りつかれとんねん……ああ、分かった。今から行くわ」
通話を切る。
「おい、近藤。これから京都行くで」
「え?は?!……なんで京都?」
「説明は移動中にしたる。今は時間が惜しいわ」
会議室を出ると、総務のところに行って福原さんに言う
「なつみちゃん悪いけど、オレと近藤は今から有給取らせてもらいます……手続きよろしゅう」
「え?阿部さん?!どういう……あ、近藤さん?何があったんですか……そんなに青い顔して」
答える間もなく、阿部に引っ張られていく。
「なつみちゃん、小宮部長にも言うといてくれ……頼んだで」
そのまま阿部は私を引っ張ってビジネスセンター前に出る。
そこに止まっているタクシーを捕まえて「品川駅まで」と告げる。
タクシーが走り出してから、ちょっとだけ落ち着いて阿部が語る。
「最初に話したのがオレでよかったの」
「一体何が起きているんだか……最初に話したのは小宮部長だけど……あと、クライアント」
「ビジネスの話は問題ないやろ……多分。お前がそのスマホ言うて位牌を見せてなければな」
「位牌だったアレは今持ってないぞ」
「何やて?!」
「だって、気づいたら怖いじゃんか……落として会議室の床を転がって……」
「それは、アカン!!運ちゃん止めて止めて!!ビジネスセンターに引き返してくれへん!」
「お客さん……そんなすぐには……ちょっと裏道使いますよ」
「かまへんかまへん、急いでな!」
「何で手放してんねん!」
「んなこと言っても、阿部がそれはスマホなんかじゃない!って言って、それで見たら本当に位牌になってたらそりゃビビッて手放すだろ」
「そやったな……あれだけカッチリ呪われとったら、剥がせるもんちゃうと思ったからな……逆やった」
阿部の豹変ぶりに焦りつつも、なんでそんなに詳しいのか……何をそこまで畏れているのか聞いてみる。
「なあ、阿部。お前何を知っているんだ?……というか、どういうことか説明してくれ」
「あんなぁ……オレは阿部って名乗ってるやろ?」「名乗ってる?」
「漢字や漢字。『阿部』こざとへんに可、部活の部。分家やからね……本家は『安倍』やねん」
「何が違うのか分からんが……」
「そんなんも知らんのかいな……」
だが、いろんなことがあり過ぎて頭が廻っていなかった脳が「安倍晴明」にようやく結びつく
「え?もしかして……陰陽師の?」
「なんや知っとったか。まあ、オレは何の能力もないけどな。叔母はちょっとそう言う力があるんや」
「お客さんビジネスセンターに戻りましたよ」
タクシーがさっき出た会社のビル前に戻る。
「おう、運ちゃん、悪いがすぐに戻るけん、予約で待っといてや!」
タクシーを飛び降りて、オフィスに戻ろうとする阿部を追う私。
ビジネスセンターは周囲もビル工事が進んでいて、道路の封鎖などもあり折り返すだけでも随分無駄な時間がかかってしまっている。
再び九階のオフィスに戻る。
「なつみちゃん、さっきの会議室まだ空いてる?」
「あ、いえ15時から小宮部長が本社と役員会議ということで、使ってますけど」
「落とし物とかあらへんかったか?」
「私が直前に確認した時は気づかなかったですが……」
「まずいなぁ……」
阿部の焦り方を見て、事態をより複雑にしていることに私もうすうす気づき始める。




