第七話:Trapped in the Taxi・タクシーの中で
「も、申し訳ないが、私に妹がいた記憶がない。そんな事実もない」
「…………」
「ええと、『近藤さやかさん』ですよね……確かに、私は近藤、近藤 仁ですが、あなたの兄ではなく、恐らくどこかで何かの間違いで――」
ガチャ――ツーツーツー
電話は一方的にキレた。
ふう……。言ってやった。そう、何かの間違いに決まっているのだ。
すると、タクシーが急にブレーキを踏む。
思わず前につんのめる。前の座席に頭をぶつける。
「痛っ!」
油断していて、スマホを片方取り落とす。
そのまま助手席の下に入ってしまう。
「ど、どうしましたか?なにか事故か何か……」
何が起きたか分からず思わず聞く。
だが、帰ってきたのは先ほどとは打って変わって冷たい態度。
「お客さん、ここで降りてください」
「え?」
「早く!!」
ドアが開く。路側にも寄せずに止まった状態でいきなりである。
「え?電話はすいません……でも、必要な事だったんです」
「あんた、さやかさんのお兄さんじゃないのかい?」
「えっ?!……それはどういう?」
「支払いはさやかさんだ。お前じゃない。つまり、お前は客じゃない」
「えっ?!」
ブアブァ~!!
後ろについたトラックからクラクションが鳴らされる。
「早く降りろこの外道!!」
あまりの剣幕に、カバンを持って飛び降りる。
横をすり抜けて来たバイクにぶつかりそうになる。
後ろのトラックは再度ブアブァ~とけたたましいクラクションを鳴らす。
逃げるように歩道まで退避する。
タクシーは扉を閉めて走り去ってしまった。
確かに、ウーバータクシーはあのスマホで呼んだものだった。
当然支払い責任者はアプリ登録者で、近藤さやかだ。
ウーバーって呼んだ人の名前を……そういえば到着時に聞かれたっけ…「近藤」って。
それで思い出した。普段電車で移動する自分が、車道で見る景色は何処か分からない。
スマホでグーグルマップを調べれば位置が……
ぎょっとする。
スマホは先ほど急停車の時に一台落としてしまっていた。
そして、それは自分のスマホであった。
血の気が引く。
いや、自分のスマホはちゃんとロックが掛かっている。おいそれと情報を抜かれる心配はない。
違う違う、心配するところは今はそこじゃない。
「会議……!!」
時間は9時40分。
まずい、まずい状況だ。
そうだ、遅れる可能性を……会社に、いや小宮部長に連絡を……何で?この拾得スマホでか?!
小宮部長の番号って何番だ?!
ここは何処だ?!
クソ!!何やってんだ俺は!?
プルルルル……!プルルルルゥ!!
「はっ!?」
受話器のアイコンをタップする。
「おい、いったい何のつもりだっ!!」
出た相手「近藤さやか」に怒鳴る。
「ホントに出たよ!まったく……あんた仁なんだろ?!いきなり怒鳴るんじゃないよ、周りに迷惑なんじゃないのかい?」
ハッとして周囲を見渡す。
街中の殆どの通行人は、気にもせず通り過ぎていく。
コンビニ前の女子高生の三人組が「あ、ヤバっこっち見た~」と笑い、更に見ていると、キャっと言いながら立ち去ってしまう。
受信画面を見る。
「近藤弘美(母)」と出ている。
朝に自分のスマホから連絡した母と同じ番号。母の名前。
「仁、あんた何したんさね?さやかからさっき、泣きながら電話がかかって来たんさ……」
「い、いや俺は……そんな、つも……」言葉が続かない。
そんなつもりじゃなかったら何だ?この私の母と同じ名前を名乗る、母の番号で母の声で電話してきている相手は一体何なのだ?
「あのさね、あんたが今出ているこのスマホ、さやりのだかんね?分かってるかね?……なのに、返さない、電話に出ても妹泣かすようなこと言う……どういうつもりかね?!」
「いや、待ってくれお袋……俺に妹なんて……」「何て?!聞こえんよ?」
「ちょっとお母さん貸して!――お兄ちゃん!!さっきは酷いよね!せっかく電話したら変なこと言ってぇ~あたしムカついたし、お兄ちゃんあたしのウーバー勝手に使ってタクシー呼んだでしょ……だから止めてやった」
いきなり自称妹が乱入する。え?『妹』そこに居るの?
お袋と一緒に?
胃がムカムカする。
朝なのに気温が上がって日差しが強い。
街路樹は緑が豊富とは言えない。
「タクシーは済まない、今日は仕事に遅れるわけにはいかず……何言ってるんだ俺は……あ、いや、オレのスマホが……じゃない、大切な取引先との会議が――」
「謝って」
「え?」
「えじゃぁないでしょう?大切な妹に赤の他人のフリしてちゃっかりウーバー使って……」
「それは……」
「それはじゃないでしょぉ~会議遅れても知らないよぉ~」
「いや、もう間に合わな……」
「前をよく見て」
目の前の交差点の渡ったところにさっきのタクシーがハザード点けて停まっている。
この正体不明の女性、自称妹のさやかに何もかも握られている感覚。
この五月だけど夏日みたいな日射に頭がグラグラする。
……とにかく、会社に。
それ以外の思考が停止する。
「わかった……謝るから……」
「あはぁっ!……あはは……落ちたねオニイチャン」




