第六話:The Ordinary and the Extraordinary・日常と非日常
バスに揺られてウトウトする。
帰りは歩かされるが、朝から汗をかく必要はない。
ピリリリリ……!
電車に比べると朝の道路状況も合わせて環境音が雑然とうるさいが、それでもスマホの着信音は別格だ。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
(誰だようるさいな……)
と思ったが、まさかの自分だった。
あのスマホだ。
家を出る時に、思い余って結局持ってきた。
周囲の冷たい目線が突き刺さる。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
何処に入れていたのか思い出せずに混乱する。
周囲の「いい加減にしろ」という無言の圧力。
カバンにしまっている。カバンから音がしているから当然だ。
だが、どこにあるのかが分からない。
クソ!!降車ボタンを押す。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
幸いすぐに最寄りのバス停に着く。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
慌てて降りる。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
降りてすぐにカバンを全開で中を改める。
予備の充電ケーブル、ノートPC、折りたたみ傘、読みかけのまま忘れていた小説、コンビニの袋、ティッシュ、いつ洗ったのか忘れたハンカチ、使わずに久しいメモ帳、ボールペン……ただの習慣で持ち歩いているカバンの中、ノートPCは出し入れするがそれ以外は意味も無く常駐している雑貨だ。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
「わかっているよ!!……クソ!」
何でこんなところに入れたのか?というサイドポケットの潰れたポケットティッシュの裏にいつまでも着信音を発するスマホがあった。
ピリリリリ……ピリリリィ!!
出ずに×ボタンを押し、着信拒否をする。
ピッ。
神経を逆なでする着信音が消えて少し落ち着く。
駅に比較的近いバス停は、その正面が薬局だった。
朝の開店準備でのぼりを出しながら薬剤師の人が、ベンチでカバンの中身を広げている私に、奇異の目を向ける。
とりあえず、カバンから適当に引っ張り出したものを、雑に仕舞い込む。
ここからは駅までは歩くことにする。
この、たかだか他人のスマホ一台に自分の行動を支配される感覚。
苛立ちが先に来る。
仕事をしている時の自分は強い。
出世はしなかったが、役に立っている使える人材という自負はある。
だから家庭を持たず、家族と疎遠になり、独り孤独を貫いて来たではないか。
そうだ、今更妹?何の冗談だ⁈
クソ、こんなもんに振り回されて、俺はバカか⁈
とにかく今は会議に遅れないように急がねば。
駅に着くとホームに人が溢れている。
案内掲示板には「人身事故処理中。全線運行中止」と出ている。
「マジかよ」
時刻は8:29
どうする?!タクシー?
バス乗り場もタクシー乗り場も大混雑だ。
その時、あのスマホのホーム画面にウーバータクシーのアイコンがあったことを思い出す。
自分は普段タクシーなど使わないので、その手のアプリは入れてない。
なので、この持ち主は意外と贅沢な生活しているのか?と勝手に思ったのだ。
「散々迷惑被ったんだ、別に良いよな?」
今度はすぐ対応できるよう上着ポケットに入れている。
配車手続きをすると使用料が〇千円近く掛かる。
後でスマホを返すときに素直に謝ろう。
手続きすると、待ち合い場所から少し離れたところに、すぐにタクシーが来た。
「近藤様ですね?」
「ああ」
開いたドアから滑り込む。
「ご利用ありがとうございます。何やら電車止まっているみたいで……大変ですね」
「全く、朝から会議があるっていうのに……」
「それは……法定速度内で急がせて貰います」
「助かります。どのくらいで着きますか?」
「そうですねぇ〜上手く行けば9時半には」
出勤時刻には間に合わず、遅刻だが……会議には間に合いそうだ。
「良かった、よろしくお願いします」
焦りが引いて、タクシーのシートに身を沈める。
余裕ができると、今朝のことが反芻されて蘇る。
お袋に電話したら、おかしなことを言い出した。
そもそも、おかしなことになったのは昨夜「このスマホを拾ったから」
朝から事故で会議に遅れそう。
だが、バスにそのまま乗っていたら、止まった電車に巻き込まれていた可能性もある。
そう言う意味ではラッキーか?
いやいやそう言うことじゃないだろう……
何?このスマホに救われたって話をしているのか?
――その瞬間
ピリリリリ……ピリリリィ!!
ビックゥ!!と心臓がまた跳ねる。
拾得スマホを見ると沈黙している。
鳴っていたのは自分のスマホだった。
着信音だけで、これだけ動揺するって……。
ともかく電話に出る。
「はい、近藤です」
「おう、近藤か……小宮だ。なんか事故があったみたいじゃないか……電車止まってるだろ」
上司の小宮部長からだった。
「はい、それがギリギリ電車には乗ってなくて、今タクシーでそちらに向かっています」
「そうか!よかった。無事ならいいんだ……会議は10時からだ。大丈夫か?」
「はい、間に合うと思います。」
「それでですね……データに問題なければスライドショーにデータを固めて――」
ピリリリリ……ピリリリィ!!
「ひっ!」「どうした?他の電話が鳴っとるな……こっちは大丈夫だから、後は任せとけ」
小宮部長の電話は切れた。
「電話を二台使いこなしているんですか?スゴイですねぇ~」
鳴りやまない着信音に対する私への嫌味に他ならない。
やむない上に逃げられないので、受信アイコンを押す。
「はい」
「あーやっと出たぁ~お兄ちゃん、朝からフル無視でさやかは激おこぷんぷん丸だよ」
昨晩と同じく明るい声。だが、その声に全く聞き覚えはない。
その屈託のない疑いを持ってないような話しぶりがとてつもなく怖い。
「あの、すいません。私には妹はいないのですが……」
「は?何イッテルノ?」
急激に声のトーンが変わる。




