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夜道で拾ったスマホ・The Smartphone-like Object Found on a Dark Road  作者: 黒船雷光


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第五話:Connection and Switch・接続と切り替え

「通話時間05分」


 通話履歴の表示を唖然として見つめる。


 混乱の極みにいる自覚はある。


 いや、これは夢ではないかとさえ思う。


 だが、見慣れた1DKマンションのレイアウトの見慣れた光景は何も変わらず、ただダイニングテーブルの上の拾ったスマホだけが異彩を放つが、それ以外は現実だ。


 (つね)りはしないが、自分の肌の感触もこれが現実だと告げている。


「近藤さやか」


 オレに妹などいない。


 いない……いない。……いないハズ。

 何だっけ、漢字や文字を一定時間ずっと眺めていると認識が崩壊するって奴……

 確か、ゲシュタルト崩壊とか言う奴だっけ……

「私の認識が、僕の記憶が、オレの自我が……」崩壊しそうになる。


「と、とりあえず落ち着け」

 時計を見る。7:48

「バスの時間まであと二十分。大体朝は5分遅れるから二十五分」


 マイナカードを取り出す。保険証が使えなくなるとかで、カード統一しろとか言われて面倒だが手続きをしたものだ。これのいいところは、戸籍謄本が役所に行かずともとれる。

 っても、別に使ったことは無かったが、戸籍謄本の中身が見れれば……!!


 たしか、マイナポータルとかいうアプリを立ち上げて、カード認識させて……


 ピリリ!……ピリリリィ……!!


「うわぁっ!!」


 またしても不意打ちを食らい悲鳴を上げてしまった。恥ずかしい……


 テーブルの上の近藤さやかのスマホが着信音で揺れる。


 恐る恐る着信画面を見ると、昨夜同様「公衆電話」と出ている。

 昨日と同じであるなら、私を「お兄ちゃん」と呼ぶ女性からのはずである。


 手元の自分のスマホを見ると、「マイナンバーカード認証失敗」の文字が。くそ!……


「どうする?出るか?」


 着信音は鳴り続け、バイブでテーブルの上を震えながら徘徊する。

 自分以外に動くものが極端に少ない独り暮らしの部屋の中で、一つの違和感だけが動き回っているという光景が異様である。


 いや、動揺しているからなのは分かっているが、それでもたまらなく怖い。


 1分……2分……うっわ……とるなら直ぐとるべきだった……機会を逃すと、どうしていいか分からない。


 4分、5分……


 唐突に着信が止まる。


 はぁ~……ほとんど息を止めていたことに気づく。


 すると、今度は自分のスマホが振動を始める。


「え?!!」私のスマホに移動した?!逃げられないのか?!


 待ち受け画面に着信「母」


 さっきかけた電話の履歴から折り返された母からの電話だ。


 ぷはぁ~はっはっはっはっ……はぁ~


 自分のスマホを握りしめ過ぎていた。


 指が動かない。


 我ながら独りにも関わらず無様と思いつつ、受信ボタンを押す。


(ひとし)?……」


「な、何お袋?なんか、さっき言い忘れたことでも……」


「あんた、昨夜さやかのスマホ拾ったんだって?なんか困ってるっぽいよ、『さっきから電話しているけど、お兄ちゃん出てくれない』って」


 目の前の視界が揺らぐ。


 眩暈がする。


 こんなの普通じゃない……


 ひゅっ!息を吸っても吸っても入ってこない。

 ひゅぅっ!!溺れてもいないのに呼吸が出来ない。


「母を名乗って私に電話してきているコイツは何者なのだ?!」


 ただ立っているのさえ辛い。息が苦しい……


「ちょっと、仁?さっきから返事しないけどどうしたのさ?仁!?……とにかく、さやかも急ぎスマホが必要だって言うんだからちゃんと連絡してやってよね――」


 お袋が何か言ってるなぁ……と意識の外で認識しながら、なんで自分の視点がテーブルの足の先に引っかかった埃の塊が目の前に見えているのか……と考えて、それから自分が倒れていることに気づく。


 さっきから肩と頭に壁が押し付けられてる……というのは自分が寝ているだけである。


 と、そこまで気づいて、無意識に倒れてその衝撃で気づけたと理解した。


 慌てて起き上がる。


 幸い衝撃は残っているが特定の打撲の痛みはない。

 一瞬気を失ったのかもしれない。


 それからハッとして、時計を確認する。


 8:05


 まずい、バスが来る時間だ!


 昨夜の残業も今日の会議の為の作業だったじゃないか!


 一瞬で仕事モードに頭が切り替わる。


 慌てて着替えて、自宅を飛び出す。


 さっきの違和感は何だったのか?何で気分悪くなって倒れたんだっけ??

 頭打ったのだろうか?分からない。だが、リセットできた気がする。


 変に冴えわたる思考が傍から見たら破綻していても、自身が大丈夫と思えば大丈夫なのである。


「大丈夫、仕事は私を裏切らない……やった分の成果こそが自分の価値」


 バスに乗った後は、もうスマホのことは忘れていた。


 いや、正確には優先順位が極端に落ちた、というべきだろう。

 仕事モードに入ると、自分は社会に必要とされる人員としての価値があり、その価値が給料として支払われ、その金額こそが自分の存在価値である。


 そうだった、私は自分の価値をちゃんと理解している。そのことに安心し、今日も通勤する。

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