第十四話:Curse Reversal・呪詛返し
社の扉が閉められて、外の様子は分からない。
暗くもないので、美しく独特の木の香りに優しく包まれた感覚は、少しばかり余裕ができる。
とはいえ、出来るだけ見ないようにしている三方の上の位牌はただならぬ雰囲気を出している気がする。
最初は正座していた。だが、5分でギブした。
阿部は胡坐をかいて、目を閉じて静かにしている。
瞑想しているといったところか?
こういうことに経験者が居るのは良いが、目を閉じられてしまうと話しかけていいのかも迷う。
スマホ弄ったりしたらダメだよな……
そもそもそのスマホがことの発端だと考えれば、ダメに決まっている。
「というか、ここ電波なんか入らないか……」
「アカンで近藤」
「うおっ!」ビクッ!っと反応してしまう。足がしびれて後ろに転がる……
「ビックリした……急に声かけるなよ」
「近藤お前な……春奈さんが何ちゅうてたか覚えとるか?」
姿勢を崩さず目も開けずに阿部が語る。
「何だっけ?」
私は……俺は何を聞いていたか、この静寂の中ですでに混乱しながら忘れかけている。
これも呪いの一種なのだろうか?
こんな狭くておかしな非日常空間に終わりも分からないままずっとジッとしていなければならない……
早くも手持ち無沙汰も重なりソワソワし始めてしまう。
「心静かに――春奈さんが言うてたやろ……自分、そわそわし過ぎやで」
「瞑想しているんだよな?」
手のひらを阿部の目の前で振ってみる。
「だからや、止めぃや……そんなに派手に動けば空気も動く。見んでもお前の動きくらい想像つくわ!」
「すごいな……阿部は。俺はもう耐えがたい……」
「自分早すぎるで……未だ開始して10分くらいやろ?……まて、何やて?」
「え?……何だよ、阿部君怖いよ?」
「『耐えがたい』言うたな自分――それに何や?『阿部君』やて?」
「そ、それが何か?……40歳のオッサンだけど、スマホ依存症みたいなもんだからな…5分何もしなかったら、何というか……ほら、イラつくだろ?……俺だってそれがちょっと異常っていうのは分かるよ。阿部君って言ったのは、なんか怖いし……瞑想なんかして、独りにされた感じ?」
「はぁ~っ」大きなため息をついて、阿部が目を開く。
その瞳は私を射抜く。いつもの関西弁で冗談をよく言う阿部の顔ではない。
「自分、実はもう手遅れなんちゃうか?オレ、今少し……いや、少しどころちゃうな……ごっつ後悔しとんねん。早く気づいてやれんと悪かったな……」
阿部は何を言っているのだ?
これは、指摘の通り私がおかしくなっているのか?
それとも阿部が実は憑りつかれていて私の心をかき乱そうとしているのか……
実はもう私は意識を失っていて、夢でこれを見ているのか……
この逃げ場のない狭い部屋の中で、どうすればいいのか?
「はっ!はっ!はっ!……はぁ!!」
阿部は特に私を追い詰めるように何かしたわけではない。
だが、動悸が激しくなり、汗が吹き出し、喉が渇く。
呼吸が苦しくなり、静寂の中で自分の吐き出す息の音、心臓の脈打つ音がさらに動揺を誘う。
この部屋に入った時「独りは耐えられない」と思った。
だが、わずかな時間で訳が分からなくなった……阿部が急に別人に見え始めた。
自分が何を焦っているのかもわからない。どうしてこんなに喉が渇く?
まだ夏でもない、ましてや日差しも無い地下でこんなに汗をかいているのか?
全身に鳥肌が立つ。産毛が逆立つ。汗をかいているのに背筋が凍るように寒い。
床に座っているのにもかかわらず、バランスを取るのが難しい。
檜の匂いが心を落ち着かせるはずの香りが不安になり、息苦しい。
酸素が足りないのか?
「うわぁ――!!!!」壁に張り付く。
「近藤……お前……」
「いや、俺は正常だ!正常だ……な、何だよ!はぁっ!……近寄るな。俺は何もしていない!!」
何もしていない訳ではない。ただ、何をしたらいいのか分からなくなってきている。
体が熱い……いや、背筋が凍る。寒い……?!
息が苦しい……いや、そもそも呼吸ができていない。
何がおかしいんだっけ?
どうしてこうなった?
気持ち悪い。目が回る。
一体どうすれば――
バチン!!
「いてぇ!!」
「おう、痛いか?!ほな生きとるな?!」
何か前にもこんなことがあったな?
「阿部か……痛いじゃないか……パワハラだぞ」
「減らず口叩けるなら、もう大丈夫やな」
えっと……何だっけ?
「あ、れ……えっと夢?」
「しっかりせい!もう一発ひっぱたいたろか?!」
「いや、結構……俺はどうしてた?」
というか、何で背中に床があるんだ?……これもデジャブ。
倒れていたということだ。
そして正気を失っていて、阿部にひっぱたかれて起きた。
背中に床がある……つまり私はあおむけに倒れているのだ。
ゆっくり体を起こす……
「突然奇声あげて倒れたんや……こちとら、平常心保とうと瞑想してても全く意味ないやんか」
「いや、すまない……気を失っていたんだろうか?」
「気失ってんやったらほっとくわ……それで終われば問題ないさかい……」
「え?じゃあ……その……奇声あげて……一応聞こうか」
「うーん……どないしようかな……またおかしくなられても困るしの」
「それ、余計に気になるやつじゃ……怖いから教えてくれ」
「これが終わったら、せっかく京都来たんや……大阪寄って一杯奢るでどうや?」
「え?奢ってくれるの?」
「ちゃうわ、お前がオレに奢るにきまっとるやろ!」
この軽快なやり取り……いつもの阿部だ。
「良かった……」
「良かないで……自分、ホンマヤバかったんねんで?」
「だから、どうなっていたのか教えろ――」
――ミシィッ。
空気が歪むと同時に社全体が歪む音がする。
アレを拾ってから何度目だろうか……そろそろ本気で障害が出るのではないかと思う程急激なヤバい雰囲気にまたしてもオレの心臓は跳ね上がった。




