第9話 魔力量3の魔女が指導する魔法特訓
「ふあぁぁぁぁ、ね、眠い……」
「だ、大丈夫ですか?」
フェイリアの特訓のために早朝から学園にやってきた私は、絶え間ない欠伸で眠気を押し殺していた。そんな様子の私をフェイリアが気遣って声をかけてきた。
「だ、大丈夫だよ。私はちょこっと指導するだけだし、基本的にはフェイリアさんが実践する感じになるからね」
「そうですか。では、さっそくお願いします!」
むん、とフェイリアは両手に握りこぶしを作って気合を入れる。肩の力が入っていて、本来なら良くない状態ではあるが、逆に今回は都合がいい。
「最初にやらなきゃいけないのは、魔力を絞る訓練だね」
「魔力を絞る?」
「そうそう、フェイリアさんの場合、魔力量が大きすぎて制御が追い付かないだけなんだ。だから、あえて出力を押さえて制御をしやすくする」
「そ、そんなことができるんですか?」
フェイリアは驚いて目を瞬かせる。しかし、この練習は決して彼女のような特別な場合に対してのものではない。魔法を使うなら習得しておきたい必須の技術なんだけど、この学園ではやっていないようだ。
もっとも魔法実技の様子を見る限り、薄々察してはいたけれども。
「もちろん、というより現代では必須の技術だね。普通に魔法を使うと、常に上限いっぱいまで魔力を使うからね。長期戦が厳しくなるんだ」
「そんなの、初耳です……」
「ホントだよ。こんなことすら教えないなんて不思議でしょうがない」
エリート学園のはずなのに、あまりに教育レベルが低い。期待していた学園の実態には、正直いって、少しだけ失望している。
「そういうわけで、まずは魔力を抑える特訓だね。目標は魔力をリンゴくらいの大きさにできればクリアかな」
「それじゃあ、やってみますね」
フェイリアは杖を構えて呪文を唱え始めた。杖の先端に魔力が集まり、水の球体を形作っていく。
「あっ!」
一瞬だけ上手くいったと思ったのも束の間、水球は膨張を続け、あっという間に破裂した。
「む、難しいですわ」
「別に水や球体にする必要はないけどね。魔力の大きさを絞れればいいだけだから」
「魔力そのものを使ったことがないのですが……」
「えぇぇ、そこからか。体内にある魔力の流れは感じ取れる?」
「それを一点に集中させればいいんだけど──」
「きゃっ!」
ボーン、という空気がはじけたような音がして、フェイリアが尻餅をついた。話を聞きながら実際に魔力を右手に集中していたらしく、過剰に圧縮された魔力が破裂したらしい。
「でも、やり方はそれであってる。後は破裂しないように調整できればいいかな」
「む、難しいです……すぐに制御がきかなくなってしまいますわ」
「意識を破裂しないとか集中させるとかではなく、魔力を絞ることに向けるんです」
「し、絞ると言っても……難しいですわ」
魔力制御の訓練をしたことがないフェイリアにとっては、この最初のステップが一番の難関だろう。詠唱魔法の場合、魔力制御の基礎である魔力量調整、形態変化、性質変化の3つを詠唱が肩代わりしてくれる。いわば補助輪のようなもの。
「こればかりは感覚になるから、同じとは限らないけど、私のイメージは蛇口かな」
「回すことで水量を調節できる。そんなイメージですか?」
「そうそう。イメージで調整する仕組みを作るのが早いかな。でも、人によって相性があるんだよね」
「なるほど、とりあえず蛇口のイメージでやってみます!」
気を取り直して、フェイリアが右手に魔力を集中させていく。大きさは不安定で、大きくなったり小さくなったりを繰り返しているが、破裂する様子はない。
「あ、こんな感じかな? あっ!」
感覚を掴めたと思って油断した瞬間、魔力が破裂した。途中まではいい感じだったけど、結局失敗してしまったことで、落ち込んで肩を落とす。
「やっぱりダメでした──」
「いやいや、十分でしょ。さっきの話を聞いただけで、いきなり効果が出るなんてありえないから」
「ホントですか?!」
落ち込んでいたフェイリアが一転して笑顔になって顔を上げる。実際、お世辞でも何でもなく、ちょっとアドバイスしただけで改善するとは予想外だった。
「この調子なら今日中には制御できるようになりそうだね」
「はい、頑張ります!」
時間の許す限り、何度も何度も繰り返し、放課後の門限ギリギリまで特訓したけれども、あと一歩のところで時間切れとなった。
「もう、こんな時間ですか。残念です」
「あと一歩じゃないですか。明日の朝には目標達成できそうですけどね」
「できれば今日中に先に進みたかったですわ」
「そんな焦らなくても大丈夫だって。今日だけで魔法実技の授業3年分より進んでるから」
「そうなんですか?」
どうやら今までが今までだけに、にわかに私の言葉を信じられないようだ。
「じゃあ、最後に試しに水球の魔法を使ってみてよ。それで分かるから」
「そうなんですか? やってみますね」
フェイリアが杖を手に取り呪文を唱え始める。魔力が杖の先端に集まり、水の球体を形作る。この先、今までは膨張して破裂してしまっていた。しかし、今回作った水球は安定こそしていないものの、膨張する様子も破裂する様子もない。
「で、できました!」
「でしょ? 魔法実技の授業を3年間受けても、ここまで魔法を使えるようにはならなかったと思うよ」
「うううう──よがっだでずぅぅぅ」
初めて魔法が使えた感動に、フェイリアは泣き笑いして体を震わせていた。
2日目には、早々に魔力量の制御で設定した目標を無事に達成することができた。次のステップである形態変化と性質変化は、もともと詠唱魔法で慣れていたこともあり、2日目に形態変化、3日目に性質変化まで一通りできるようになっていた。
そして4日目──。
「今日からは応用に入っていくけど、ここからの技術は終わりがない。突き詰めようと思えばいくらでも突き詰められる。今日は、そのうちのひとつである多重制御をやっていこう」
「はい、多重というと、複数の魔法を同時に、ということですか?」
「そうそう。もちろん、口はひとつしかないから、詠唱の助けを借りることはできなくなる」
「それは厄介ですね」
形態変化と性質変化は1日ずつで終わらせられたけど、無詠唱というわけじゃなくて、詠唱よりも短いキーワードを使うことでイメージの補助をしていた。多重制御も2重3重と低いうちは詠唱の補助を借りても進めるけど、そこから先は無詠唱ができないと厳しい。
「まずは詠唱の助けを借りてもいいから2重3重、できれば5重くらいまでを目指してみよう」
「はい。早速やってみますね」
フェイリアはさっそく2つの詠唱を組み合わせて魔法を構築した。右手に炎の球、左手に水の球がふわふわと浮んでいる。
「で、できました!」
「それじゃあ、どんどん増やしていこう!」
しかし、3重に入ると作られた魔法が急激に不安定になっていく。いったんは形作られるものの、3つ目はすぐに膨張して破裂してしまった。失敗したことで動揺が生まれ、残る2つも次々に破裂していく。
「ダメでした。意外と難しいですね」
「3重までは何とかなる場合が多いけどね。フェイリアさんの場合、魔力量の調整もしているから2重が限界なのかも」
「そうですか。やっぱり、私には──」
フェイリアはガックリと肩を落とした。ここで誤解しているのだと気付き、慌てて説明を付け加える。
「ちょっと待って! 言っておくけど、2重が3重になったところで意味はないからね」
「どういうことですか?」
「詠唱の補助で多重制御できてもせいぜい3重か4重。さっきは5重を目標と言ったけど、目指すのは100以上だから、1つくらいの差じゃ誤差の範囲でしかないよ」
「100以上……」
あまりにも遠い数値にフェイリアはめまいを覚えてふらついた。咄嗟に倒れないように体を支えようとしたけど、倒れるほどではなかったらしい。すぐに体勢を立て直した。
「結局、無詠唱でイメージを明確にできないとダメってこと」
「な、なるほど。でも無詠唱はかなり熟練しないとダメなのでは──」
「そんなことはないけどね。無詠唱にすると詠唱の制約を受けなくなるから、自由に魔法が使えるようになるんだ」
本来なら魔法は自由なもの。詠唱が悪いとは言わないけど、魔法の自由さを失わせるため、いまだに好きになれなかった。




