第8話 爆死って、こういう事を言うんですね
「一発で沈めてやる! エル・フラム・ラス・シクロ・コンフェリエ──」
開始早々、スーフェンが長々と詠唱を始める。気合の表れだと思うのだけど、聞いている方は退屈でしかたない。
「ふぁあああ、そろそろかな?」
「灼熱の炎よ、渦巻け! ファイア・ストーム! あ、あちっ、あちちっ!」
私の足下から炎の渦が──出ずに、スーフェンの目の前に炎の渦が吹き上がった。直撃ではないものの、至近距離に発生した炎による輻射熱によって、スーフェンの肌が焼かれた。
熱さですぐさま飛び退いたので、外傷はほとんどない。せいぜい、少し熱い思いをしただけだろう。それでも彼のプライドを傷つけるには十分だった。
「な、何をした?!」
「何かしたように見えた?」
「ぐっ……」
もちろん、何もしていない、なんてことはない。原理としてはウーズの時と同じ、魔力に命令を感染させただけのこと。発動地点を私の足下ではなく、スーフェンの目の前にして。
「ええい、単なる偶然だ! 灼熱の炎よ、爆ぜろ! ファイア・ボール!」
スーフェンの右手に作られた火球が放たれる──真上に。そのまま空高く打ちあがって、大空に大輪の花を咲かせた。さすがに詠唱が短いと少しだけ骨が折れるけど、私にとっては感染させるのに十分な時間。
「ふぁああ、今度は花火ですか?」
「ど、どういうことだ!」
「スーフェン君、真面目にやりなさい!」
「魔術師団長より大道芸人の方がお似合いじゃないかな」
「うるさいうるさい! ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルトォォォ!」
少し煽っただけで、スーフェンは火の矢を乱射する。他の被害などまったく考えていないと思えるほど、無差別に放たれた。周囲から悲鳴が次々と上がる。
「どういうつもり?」
「先ほどのような手品が通用しなければ、どうしようもないようだな。大人しく負けを認めれば、止めてやらなくもない」
こんな破れかぶれの魔法ごとき、私が認めるわけがない。『崩壊』の命令を組み込んだ魔力を細い糸のように広げ、スーフェンを覆い尽くしていく。
「なっ、消えていく。僕の魔法が!」
「制御を捨てた魔法なんて、簡単に壊れてしまう。そんなことも分からないなんてね」
意図的に感染させるまでもない。制御していない魔法など魔力に触れただけで自ら崩壊を取り込んで自滅してしまう。
「そろそろ、お終いかな。それじゃあ、こっちもいくよ」
試験の時よりも純度の低い魔石を懐から取り出す。あの時は杖にはめて使ったけど、今回はそのまま魔石に微量の魔力を当てた。魔力の連鎖反応が始まり熱を持つ。
「それじゃあ──はい、ドーン!」
魔石をスーフェンの目の前に放り投げる。直後、臨界に達した魔石が爆発した。
──ドドーン!
爆発により舞い上がった土煙が少しずつ晴れていく。
そこから現れたのは、直径2メートルほどのクレーターと、その中央に大の字になってうつぶせに倒れ、ピクリとも動かないスーフェンの姿があった。防御魔法がかかっているにも関わらず、制服はボロボロになっていて、いたる所に土や煤がついて黒くなっていた。
「まったく、無茶しやがって」
これだから防御魔法をかけておいた方がいいと言ったのに。話を聞かないから、こういうことになる。
「コラァァァ! 何をやっているんだ、お前!」
爆発音を聞きつけて来たのだろう、物凄い形相のシャルルが全力疾走で駆け寄ってきた。
「授業で模擬戦を少々」
「お前なぁ。昨日、あれほど勝手に戦うなと言っただろうが!」
「戦った訳じゃないです。模擬戦です」
「同じだ!」
シャルルはあくまで私を悪者にしようとしてくる。しかし、同じ手は通用しない。堂々とベテラン教師の方を指差して宣言する。
「この先生がやれと言ったんですよ。すべて責任を持つからと言われてね」
「なっ、そんなことは言ってないぞ!」
「嘘はよくありません。先生が責任を持つからやれと言われたら、私は信じるより他にはありませんからね。それにやる前に防御魔法を使うようにと忠告もしました。それすらも笑って無視してますから重罪です」
「何をバカなことを──」
「やれやれ、もう少し詳しく話を聞く必要がありそうだな」
ベテラン教師だけでなく、私の方を見ながら呆れて気の抜けた声でシャルルがつぶやいた。たしかにスーフェンと戦ったけど、私は悪くない。もっとも、これまでのことを考えれば、シャルルは明らかに私を諸悪の根源だと見ている。
「とりあえず、これ以降は自習だ。お前たち二人は放課後に学園長室まで来い」
「そんな濡れ衣だ! ハメられたんだ!」
いやいや、ハメたのはお前だろう、というツッコミが喉まで出かかった。しかし、これ以上シャルルの心証を悪くするとマズいと直感が告げていたため、ダンマリを決め込む。
そのお陰でシャルルの矛先が、喚き立てるベテラン教師の方へと向く。
「何が真実かは置いておくとして、一番責任が重いのはお前に決まってるだろうが。仮にお前の主張が通ったとしても、止めなかった責任は発生するぞ。何より、試験の結果を見ているはずなんだからな!」
シャルルがドスの利いた声でベテラン教師に告げると、彼は腰を抜かしてへたり込んだ。年齢で言えば明らかにベテラン教師の方が上だけど、実力はシャルルの方が圧倒的に高いのかもしれない。
へたり込んだベテラン教師を邪魔だと言いながらシャルルが引きずっていき、そのまま自習となった。
「自習って、ただマトに当てるだけなのかな?」
「そうですね。でも、授業でも同じですわ。模擬戦が加わるくらいで」
「マジか……」
フェイリアに詳しく話を聞くと、授業でも指導のようなものはなく、魔法をマトに当てて「いいぞ」とか「まだまだだな」とか言うだけらしい。
「先生いらなくね?」
「暴走して危険なことをしないように監督するという建前になってますわね」
フェイリアはさりげなくフォロー入れているけど、先ほどのベテラン教師の態度を考えると説得力がまったくない。教師の存在意義が私の中で消滅しようとしていた。
「そ、それよりも、さっそく練習をしませんか?」
「あ、そう言えば、魔法が使えないって言ってたよね」
「そうなのです。一回やってみますね」
フェイリアは杖を手に持ち、呪文を唱え始めた。もちろん周りも詠唱しているおかげで恥ずかしさはないらしい。私にしてみれば、恥ずかしくて聞くに堪えないものだけど。
詠唱が終わり、フェイリアの杖の先に水の球が出来上がる。それが大きくなって──大きくなって? 破裂した。
「きゃっ!」
破裂した水球は当然ながら水を周囲に撒き散らす。とっさに防いだ私を除いて、フェイリア含む周りにいた人たちを水浸しにしてしまった。フェイリアは申し訳なさそうに周りに頭を下げてから、私の方に向き直る。
「こんな感じなんです」
「普通に使えてるじゃない。魔法」
「えっ?」
フェイリアの言葉を信じていなかったわけじゃないけど、フェイリアの魔力量で魔法が使えないはずはないと思っていた。しかし、ようやく魔法が使えない、という意味を理解できた。
「普通、魔法が使えないっていう場合、水の球すら出ないよ」
「出ることは出ても、途中で破裂しちゃうんですけど……」
「それは暴走しているだけだね。魔力量が大きい人によく見られる現象だ」
「なるほど、それで──」
「でも、何で放置されてるんだろ」
魔力量が大きい人は珍しいけれども、いないわけじゃない。対策だっていくつもある。私は好きになれないけど、あえて暴走した魔法を使う輩もいるくらいだ。
「制御できるようにする方法を教えてもいいけど、どうする? それなりに苦労はすると思うけど──」
「もちろんやります!」
暴走しやすい魔法を制御する方法を教わりたいか聞いたら、フェイリアは食い気味で承諾してきた。おそらく、相当前から悩んでいたのだろう。かなりやる気も見られる。
「わかった。それじゃあ、明日の朝と放課後に特訓しようか」
「あ、ありがとうございます! 楽しみにしてますね!」
「言っておくけど、楽じゃないよ?」
「打開できるなら、どんな障害にも負けません!」
あまりのやる気に逆に私の方が押され気味になってしまう。しかし、そのやる気が逆に嬉しくもあった。




