第6話 決闘の落とし前
決着が付いたことで敷地内の封鎖が解かれたらしく、第二校舎から一部の生徒が向かってきていた。その中には不安な面持ちのフェイリアもいた。彼女は私の姿を見つけるとそそくさと駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか?」
「見ての通り、傷ひとつないよ」
「よ、よかったぁ。心配したんですからね!」
「ご、ごめん。あとで埋め合わせはするから──」
「絶対ですよ!」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべるフェイリアの姿を見て、失敗したかなと感じた。それでも、彼女の笑顔が見れるのなら安いものかと思い直す。
ウーズは足が動かせないだけではあるが、しばらくは立ち上がることすらできない。かといって、そのままにしておくわけにもいかず、教師たちに担架で運ばれていった。
「あんなにあっさりと倒してしまうなんて──」
「身体強化が得意みたいな感じだったけど、私からしたらまだまだだね」
期待外れだったことを匂わせながら肩をすくめる。実際、編入1日目にして絡んできたのだから、それなりの実力はあるのだと思っていた。だけど、蓋を開けてみれば期待外れもいいところ。ありったけの魔力で雑に強化するだけのものだった。
「騎士団長の息子というのもありますけど、実力も決して低くないはずです」
「そうなの? もしかして、騎士団長もそれほどではないのかな」
「いえ、武術による戦いであれば、父を除けば王国最強ですわ」
しれっと、自分の父親を最強に持ってくるあたり、フェイリアも貴族としてのプライドがあるのだろう。その割には彼女の表情はすぐれないが、その理由はすぐに知ることになる。
「そんな父の娘でありながら、剣も魔法も上手くできず……」
そう言ってフェイリアは肩を落とした。何とか慰めようと思うけれど、上手く言葉が見つからない。
「でも、魔力量は高いんじゃない?」
ようやく絞り出した言葉がこれ。気遣いの欠片も感じられない言葉に、言われた本人も思わず目をぱちくりと瞬かせた。
「なんでわかるんですか?」
「それは──」
編入手続き後に見た光景を思い浮かべながら、精霊に好かれているから、と言いかけて口を噤んだ。この国の神殿は精霊の存在を認めていない。下手なことを言えば、神殿からだけでなく、王家や貴族からもにらまれかねない。
フェイリアには話してもいいかと思うけど、まだ編入1日目。十分な信頼関係が気付けたわけではない。
言い淀んでいた私に代わって、フェイリアがコクリとうなずいた。
「そう、魔力量だけで言えば、他の誰にも負けないくらいあるんです。でも──」
フェイリアは俯いて肩を落とした。最強と言う父の存在と、圧倒的な自身の魔力量。それにかかる期待が明らかに彼女の重荷になっている。
「ある程度までは行けるんです。でも魔法が使えないと、そこから先へはどうしても──」
フェイリアの気持ちは痛いほどわかる。魔法は言わずもがな。剣を極めるにしても、どこかのタイミングで身体強化は絶対に必要になってくる。体を鍛えるのも限界があるからだ。
しかし、魔法が使えないというのも不思議な話である。先日、祠で祈りを捧げていた時には魔法を使えているように見えたからだ。
何もしらない人間から見れば、ただ祈っているにすぎない。しかし、魔力の動きを見れば、それが明らかに魔法だとわかる。さらに規模を考えれば、フェイリアの魔力が尋常でないことも容易に把握できる。
私が彼女の魔力量が高いとわかったのも、魔法の規模から逆算したからにすぎない。魔術師でもせいぜい1万程度だが、彼女は推定しただけでも50万は超えている。
「うーん、魔法が使えないはずはないんだけどな」
「家庭教師の先生にもよく言われてました。でも、何度やってもダメなのです」
自称賢者のアレクシスなら、この話を聞いただけで解決できるのだろう。けれど、私にはさっぱり見当がつかなかった。
「私の方でも考えておくよ。それより、だいぶ遅くなっちゃったし、今日は帰ろうか」
「そうですね」
フェイリアと共に寮に帰り、この日の晩は平穏に一日を終えることができた。しかし翌日、教室に向かおうとしたところをシャルルに捕まってしまい、そのまま学園長室へ行く羽目になるとはだれが予想できよう。
「これはいったい、どういうことですか?」
学園長室のテーブルを囲むようにして、学園長とウーズ、そして、彼を少し巨大化して体毛を増やしたような男が座っていた。シャルルが男の向かい側に座って、私に隣の席に座るようにうながす。
「私、関係あります?」
「当事者だろうが。さっさと座れ!」
イヤな予感がしてさっさと逃げようとしたが、シャルルに捕まって強引に座らされた。余裕綽綽の男とシャルルが険悪な雰囲気でにらみ合っている。学園長は平然としているけど、ウーズの方は死にそうな顔をしていた。
「よく来てくれたね、ルミナ君。実は昨日の決闘について、不正があったのではないかという意見があってね」
学園長が経緯をさらっと説明すると、男が鷹揚にうなずいた。その態度にシャルルの雰囲気がいっそう剣呑としたものとなる。
「何度も申し上げておりますが、特に不正などありませんでした!」
「ハッ、口では何とでも言える。そもそも、俺の息子が簡単にやられたなど、信じられるわけがなかろう!」
説明というより説得をするシャルルに対して、男は主観的な感情論で返してくる。そのせいで完全に水掛け論になっていた。こんなくだらない茶番に巻き込むなと。
「そもそも、不正があったことを証明しなきゃいけないのはオッサンの方じゃない。ちゃんと私でも納得のいくような証拠をもってきて、話はそれからでしょ」
面倒になって正論をぶちかましたら、その場の空気が凍り付いた。男も黙りこくっているし、どうせ証拠らしい証拠もないのだろう。
「そういうわけで授業があるから、教室に行きますね。文句があるなら証拠をどうぞ」
立ち去ろうと踵を返すと、背後で男が勢いよく立ち上がった。
「待てい!」
空気を震わせるような大声に、思わず足を止めてしまった。別に止めなくても何かされることはなかっただろう。殺気に思わず反応しただけだ。
「何? まだ何かあるの?」
「それは我がフィフスブレイド家を侮辱しているということか?」
「何を言っているんですか? 証拠もなく、不正だなんだと言っている時点でプライドもへったくれもないでしょ」
「小娘がッ! 言わせておけばいい気になりおって!」
ウーズの父親ということは騎士団長なのだろう。しかし、逆ギレして意見を無理に押し通そうとするところは彼にそっくりだった。
怒りのあまり、無意識のうちに身体強化をしているのはさすがと言えるけど、自分から攻撃すると予告しているようなもの。
「その程度のことに、力で訴えるようじゃたかが知れてる。騎士団長ってのも大したことないんじゃない?」
「貴様ッッ!」
「やめ──」
男は怒りに任せて拳を振り上げる。学園長やシャルルも制止しようとするけど、さすがに間に合わない。
「もちろん、やられる覚悟もしてるんですよね?」
咄嗟に身体強化を目にかけて動体視力を上げ、拳を紙一重でかわしながら肘に触れて『肘を伸ばす』という命令を組み込んだ魔力を送り込む。
「なっ! バカな!」
反応まで親子で同じとは……この国の騎士団の程度が知れる。さらに追加で様々な命令を組み込んで男の身体強化に感染させていく。
「あ、が……」
1分と経たないうちに、ガニ股で両手を上にピンと伸ばし、目と口を大きく開いた男の彫像が出来上がった。
「倒れたままってのもかわいそうなんで、起こしてあげましょうか」
ウーズは恐怖が蘇って来たのか震えて動けなくなっていたので、学園長とシャルルに手伝ってもらって、『スーパー騎士団長(仮)』を立たせた。
奇妙な決めポーズではあるけれど、これはこれでカッコいい、のかもしれない。
「これが不正と仰っていた魔法ですよ。どうですか? 何かわかりましたか?」
「あ、あ、が……」
口が閉じられなくなっているので、当然ながら何もしゃべれない。額に浮かんだ青筋だけが、彼の怒りを体現していた。口が動かせなくても唾液は出ているため、しばらくすると口から涎が垂れてくる。さらに、目も閉じられないため、徐々に充血してきた。
「やべえ感じになってますわ。でも、せっかく不正の現場を目の当たりにできているのですから、じっくり体感してもらいましょう」
「いや、解除した方が──」
「そういうわけで、授業に行ってきますね!」
シャルルの言葉を無視して、学園長室を後にした。その後、『スーパー騎士団長(仮)』は絶え間なく涎を垂らしていたため、玄関前の植え込みの中に移動されていた。




