第5話 脳筋じゃ魔女には勝てません!
面倒なことになりそうな気がして、不安そうに様子をうかがうフェイリアには先に帰ってもらうことにした。最後まで心配そうにしていたけれど、後ろ髪を引かれつつ教室から出ていった。
フェイリアを見送って、ウーズの方に向き直る。
「別に調子に乗っていませんけど」
「とぼけるな、魔力量3が! 先生を言い負かしたからって、いい気になって真面目ぶるんじゃねえ!」
正直言って、何を言っているのか理解できなかった。すぐに分かったのは、私のことを見下しているんだろうな、ということくらい。
そもそもエリート揃いのAクラスであることを考えれば、授業を真面目に受けるのが普通だろう。こいつらを除いて。
「もしかして、さっきの解法を理解できなかった、とか?」
「うるせえ! 理解できなかったから何だってんだよ!」
「Aクラスでも理解できない人もいるんだな、って思っただけだけど」
「ふ、ふざけやがって! 俺をバカにするんじゃねえ! 頭来た、今から校舎裏に来いや!」
「待てやコラァァァ!」
ブチ切れたウーズが喧嘩を売ろうとしてきた瞬間、どこからかシャルルが飛んできた。いったい、どこから湧いてきたのだろうか。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃないッッ! なにサラッと戦う流れになってんのよ!」
「おいおい、教師の分際で俺の邪魔をしようってのか?」
ウーズはまるで教師に噛みつく狂犬のように歯をむき出しにして威嚇していた。これでAクラスなのだから世も末である。どう説得しようとも納得しないであろうウーズに、シャルルも頭を抱えてため息を吐いた。
「やれやれ、どうしてもやりたいというのなら決闘にしろ。それなら認めてやる」
「それも悪くないですね」
「ふん、構わねえ!」
「いいんですか? 1対1になりますけど」
「魔力量3ごとき、俺だけで十分に決まっているだろうが!」
「決闘は、明日の放課後に併設のグラウンドで行う。いいな?」
眼光鋭くシャルルがウーズをにらむと、一瞬だけ怯む。
「あ、当たり前だ! 首を洗って待っていやがれ!」
そう言い残して、ウーズは帰っていった。話もまとまったことだし、私も帰ろうとすると、シャルルに襟首を捕まれた。教室の入口に歩き出していた私は、必然的に首が絞まる形になってしまう。
「ぐぇっ、な、何をするんですか!」
「お前には話がある。少し待ってもらおう」
待ってほしいなら、最初から口で言えと。暴力教師め。
「言い忘れていたが、勝手に戦うのは禁止だからな!」
「学校って、そういうイベントもあるんじゃないんですか?」
「イベントじゃない! そもそもお前がまともに戦ったら死人が出るわ!」
「手加減くらいしますって。試験の時だって、ちゃんと手加減したじゃないですか」
本気を出していたら、今頃学園は更地になっているだろう。そのくらいの常識は私にだってある。しかし、シャルルはあからさまに疑いの目を向けてくる。
「手加減して、魔法練習場半壊させたヤツの言葉を信じられるわけないだろうが!」
「わかりましたよ。先生がいないところで戦ったりしませんから」
ようやく解放された私は、まっすぐ寮に帰ると、そのままベッドに飛び込んで寝てしまった。
翌日、教室に入ると膨れっ面のフェイリアが出迎えた。
「もう、昨日は何も教えてくれなくて、心配したんですよ!」
「ゴメン、色々ありすぎて疲れちゃった」
「はあ、しょうがないですね。でも、決闘なんて大丈夫ですか?」
「大丈夫。あの程度、大したことないし。まあ、見ててよ」
そして迎えた放課後、グラウンドには私とウーズ、そして審判役のフェイリアしかいなかった。
「あれ? 誰もいない」
「他の生徒は、第二校舎で観戦しています」
「なんで?」
「危険だからに決まってるでしょう!」
「おいおい、大げさだな。この魔力量3のゴミがボコボコにされるくらいだろうに」
「うるさい! 少し黙ってろ!」
相変わらずよく吠えるウーズだった。この程度の煽り、聞くに堪えないゴブリンの煽りに比べれば何倍もマシである。しかし、私が怒って暴走することを危惧しているのか、キツイ口調で黙らせる。
ウーズは注意された鬱憤を怒りに変えて私に向けてくる。私をまっすぐにとらえたまま、巨大なバスタードソードを構えた。
「お前は杖とか使わんのか?」
「この程度ならいらないでしょ。それこそ杖なんて使ったら、あっち、死にますよ?」
「それもそうか」
「どこまでも舐め腐りやがって、ぶち殺してやらぁ!」
シャルルとの会話に割り込んで、煽ってきたウーズは、またしてもシャルルの殺気に当てられて黙らされた。
「それじゃあ、始め!」
合図と共にウーズの魔力が動く。身体強化の魔法だ。魔力量の少ない人間が有効に戦うためのもの。熟練の戦士が身体強化を使うと、魔術師とも互角に戦うことができる。
「うおおぉぉぉ!」
振り下ろされるバスタードソードの横を指で弾く。見た目には軽く触れたようにしか見えないかもしれない。だけど剣は凄い勢いで90度水平方向に回転した。体の軸がブレてバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「うあっ! ど、どういうことだ?!」
「身体強化だよ」
「バカな、魔力量3じゃないのか?!」
「指先と目を身体強化しただけだよ。それだけで十分だ」
必要な部分だけを強化するのは効率的な身体強化の基本。今回は向かってくる剣を弾くだけなので、動体視力のための目と弾くための指先だけの強化で十分だった。
しかし、そんな基本的なことですら、ウーズは驚いて目を丸くしていた。
「そんなバカなことが──できるわけがねえ!」
実際に剣を弾かれておいて『できるわけがない』とはならないだろう。そんなことも分からないほど馬鹿なのだろうか。
「どういうインチキだか知らねえが、次はねえからな! うりゃああああ!」
「言っておくけど、次はない、よ!」
かかとに身体強化をかけて前に進む。縮地と呼ばれる予備動作を悟られることなく移動する方法だけど、身体強化を使うことで移動距離を劇的に伸ばすことができる。
「ぬあっ!」
対戦相手のウーズからしたら、突然目の前に瞬間移動されたように見えたに違いない。虚を突かれている間に、体を捻ってかわしながら、ウーズの足に魔力を流した。
「うあっ!」
突然、足がつった時のように両足がピンと伸びる。勢いの付いた状態で足が伸びきっていては踏ん張ることもできない。
ズザザザザ、と転倒したウーズの体が地面を滑っていく。こうなると、もはや立ち上がることすらかなわない。
「な、な、何をやりやがった!」
「身体強化の応用だよ」
「んなわけ、あるかよ!」
「身体強化の仕組みは魔力で作ったプログラムを身体で実行するようなものだからね」
分かりやすく説明したつもりだったけど、ウーズには難しかったらしく。眉間に皺を寄せて考え込んでいた。それでも分からなかったようで、怒りに顔を歪ませる。
「ざけんなよ! どういうことだ!」
「もっと簡単に言うと、身体強化に『足をまっすぐに伸ばす』っていう指示を紛れ込ませた。それが魔力を侵食して、足が伸びたままになったってこと」
例えるなら魔力にかかる病気のようなものというところか。ようやく、ウーズにも理解できたらしく。歯をむき出しにして吠え立てる。
「くそっ、卑怯者め! 正々堂々と戦え!」
「正々堂々と戦ってるじゃない。私が使ってるのも身体強化だけだよ。早く降参した方がいいんじゃないかな」
「だ、誰が、降参なんてするかよ!」
あまり痛めつける趣味はないけど、少しばかり心を折った方がいいかもしれない。そう思いながらウーズに近づいていくと、シャルルが行く手を遮ってきた。
「ウーズ君が戦闘不能になったことにより、ルミナさんの勝利だ!」
シャルルは私の右手を取り、天に向かって高く上げた。




