第2話 試験官の受難
編入試験の試験官を務めたシャルルは不快な胃痛に悩まされていた。もちろん、その原因はルミナである。魔力量が3しかないにも関わらず、魔法練習場の半分を破壊するという結果を残した。
「なんと説明したものか……このままでは修理費まで私の責任にされてしまう!」
合格させるという約束はもちろんのこと、上手く説明できなければ魔法練習場半壊の責任も負わされる可能性がある。かといって、具体的な方策は全くない。実技の結果は圧倒的だが、魔力量3という結果との辻褄がどうやっても合わせられなかった。
「しかたない、下手な理屈をこね回すのはやめだ。起こったことをありのままに説明して──あとは押し切るしかない!」
気合を入れて会議室の扉を開ける。すでに他の教師たちは勢ぞろいしていて、シャルルの報告を今か今かと待ち構えているように見えた。
自分の席に着いて、用意してきたレポートを配っていく。全員が、受け取って目を通し、そして顔をしかめる。それを見ても、シャルルは怒る気すら起きなかった。
そもそも自分ですら、読んでも意味不明なレポートである。他の教師ごときに理解などできるはずもない。
レポートが全員に行き渡ったのを見て、学園長が「それでは、会議を始める」と宣言した。
シャルルが説明しようとするより早く、学園で一番年上のベテラン教師が手を挙げた。
「どうぞ」
「編入試験、ご苦労だった。だが、このレポートはどういうことだ?」
「書いてあるままですが」
そうとしか言いようのないことをそのまま告げると、ベテラン教師はドンと机を思いっきり叩いて立ち上がり、身を乗り出してきた。
「そういうことではない! なぜ魔力量3のゴミに時間を割かねばならないのかと聞いている!」
「レポートを最後まで読みましたか?」
「当たり前だろう! だが、こんな非現実な話があるか!」
「事実です」
「魔力量3のくせに、魔法練習場で大爆発を起こしただと? そんなことがあるわけないだろうが!」
「ですから、事実だと言ってます。疑うなら魔法練習場を見てくればいいではないですか?」
簡単に折れないシャルルに呆れて、ベテラン教師は勢いよく席に座る。落ち着いたわけではなく、その傲慢を体現したような雰囲気は明らかに拒絶を表していた。
「一つだけ補足しておきましょう。そのレポートの内容に書いてあることは事実です」
「学園長まで、そいつの肩を持つんですか?」
「とんでもない。私は”視た”ままを言っているまでですよ」
食ってかかるベテラン教師を、学園長は一瞥する。その一瞬の視線に含まれた殺気にも似た雰囲気にベテラン教師も一瞬で圧倒され、押し黙ってしまった。
「もっとも、実際に視たのは破壊した後ではありますがね」
「ならばっ──」
「ですが、残留した魔力は明らかに彼女のもの。状況的に他の人間がやったとは思えません」
何とか切り崩そうとするベテラン教師が口を挟もうとするも、学園長は続く言葉で黙らせる。たしかに学園長も現場に居合わせたわけではないし、確認したのも事後でしかない。
だが異変を察知して、事後とはいえ現場を見たのは事実。それに対し、未だに現場すら見ていない教師たちに反論する余地はなかった。
「異変に気付かなかったのは我々の落ち度かもしれません。しかし、現場を見る前に意見を押し通すのはどうかと!」
滅多に非を認めないベテラン教師が、己の非を認めつつ異議を申し立てる。それに現場を見ていない教師たちが加勢した。
「ならば10分ほど時間をくれてやる。短くとも譲歩としては十分だろう」
学園長の言葉と同時に、学園長とシャルルを除いた教師たちが一斉に魔法練習場へと駆け出した。その姿は、まるで大河に集団で飛び込むネズミを彷彿とさせる。
はたして教師たちが見たのは、半分が消し飛んで役目を果たせなくなった魔法練習場の残骸であった。
それを目の当たりにした教師たちは、短い時間ながらも抜け道がないか徹底的に調べ上げる。しかし調べれば調べるほど、レポートの正しさを証明するだけだった。
なにより、試験官がシャルルだったというのも大きい。年齢こそ若いとはいえ、実力は宮廷魔術師に匹敵する。彼女の目を誤魔化して、ここまでの大規模魔法を使えるわけがない。
揃って肩を落として戻ってきた教師たちを学園長とシャルルは生温かい目で出迎えた。
「どうだ? 何か意見があるのならば申してみるがよい」
そんな学園長の言葉に、誰一人として答える者はいなかった。
「ならば、合否の採決を取るとしよう。くれぐれも、魔法学園の教師としての矜持を捨てるような真似をするなよ?」
その場の全員を見回しながら、学園長が釘を刺す。ベテラン教師を除いて、全員の表情が険しくなる。それは学園長の実力を知るシャルルすら例外ではない。もちろん学園長と同じ側だが、それでも思わず気圧されてしまった。
挙手による採決は賛成多数で合格に決定した。絶対に合格させると宣言した手前、シャルルはほっと胸をなで下ろす。学園長の口添えがなければ間違いなく押し負けていただろう。
唯一反対したベテラン教師にも、特にお咎めはなし。それもまた矜持であるという理解なのだろうけど、現場を見ての結論としてはシャルルは納得いかなかった。もっとも、他の教師が彼に追随していたら、何かしらのお咎めはあっただろう。
心の中にモヤモヤしたものを抱えながらも、約束を果たした満足感から、シャルルの心は晴れ晴れとしていた。




