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第17話 断罪

 フェイリアがシャーリーをビンタで吹き飛ばした翌日から、学園だけでなく神殿でも公爵令嬢が聖女を虐めているという噂が広がっていた。


「虐めているって噂が広がってるけど」

「問題ありませんわ。今回は根も葉もない噂ではありませんもの」

「そういう問題じゃないと思うけど……」


 悪い噂が広がっている現状を心配している私とは違い、フェイリアは事実無根であるかどうかだけを気にしているように見える。現時点では聖女を壁にめり込ませた、という噂だけなので、事実無根でないのが救いだった。


「これで攻撃魔法のマトにしたとか、海に突き落としたとか、そんな噂が立ったら死人が出るわね」


 死人といってもシャーリーだけだけど、さすがに死んだら寝覚めが悪い。私にできることと言えば、噂に尾ひれがつく前に相手が行動に移すことを祈るだけだった。


 犯人の目星はついている。ほぼ間違いなく聖女の取り巻き連中だろう。こんな命知らずな噂を流すなんて……ヤツらは聖女を救うつもりなのか殺すつもりなのかわからない。


「そう言えば、一週間後に春の夜会があるみたいですわ。ルミナさんも参加されますよね?」

「あー、そんなものが」


 ドレスコードがあるため強制参加ではない。しかし、未成年の貴族がほとんどを占める生徒にとっては初めての社交の場となるため、ほとんど参加する。正直言ってめんどくさいから参加したくない。


「参加してみるかなぁ。でも、ドレスがないんだよね」

「本当ですか! ドレスは私の方で用意するので心配無用です! 当日は一緒に行きましょう!」

「いやいや、フェイリアには婚約者がいるじゃない」


 食い気味に誘ってくるフェイリアだけど、第一王子の婚約者だ。流石にエスコートには来るだろうと思って遠慮すると、彼女は露骨に不快な表情を浮かべた。


「どうせ来ませんよ。あんなの放っておけばいいんです」

「第一王子を『あんなの』呼ばわりは良くないと思うけど……」

「その代わり、ルミナさんがエスコートしてください!」

「こう見えて女なんだけど」


 こう見えても何も別に男装しているわけじゃないし、わかりそうなもの。


「もちろん知ってますよ。でも、エスコートするのに性別なんて些細な問題です!」


 わかっているようでわかっていないフェイリアに押し切られる形で、夜会当日は彼女のエスコートをすることになった。


 その後、噂は流れ続けたけれども、尾ひれがつくことはなく平穏に夜会の日を迎えた。


「ちょっと、このドレスは派手すぎないかな」

「そんなことありませんわ。よく似合っておりますわよ」


 フェイリアが用意してくれたドレスは一見すると夜空を思わせる濃紺のイブニングドレスだった。それだけなら地味で無難なドレスでしかない。しかし、その表面には無数の輝石と呼ばれる光を放つ魔石がちりばめられていた。


「まるで星空をまとっているみたいだわ」

「ええ、頑張って作らせた甲斐がありますわ」

「でも、高いのでしょう?」


 一定間隔で光を放つ輝石は、当然ながらダイヤモンドよりも高値で取引される。それが無数に縫い付けられたドレスなど、いったいいくらするのかわからない。


「たしかに私のドレスより少しばかり値が張りますが……父に相談したら『こんなドレスで大丈夫か?』って聞かれましたわ」

「大丈夫です、問題ありません! むしろ高すぎて問題です!」


 フェイリアも大概だと思ったけど、彼女の父親も相当に破天荒らしい。


「気にしなくてもいいですのに、少し大らかな人ではありますけど、ルミナさんと大して変わりませんよ」

「この大らかさと比較される私の印象の方が気になるんですけど!」


 そんなやり取りを続けていると、聖女シャーリーが3人の取り巻きを連れてホールへと入ってきた。


「フェイリア・クローネル!」


 ホールのど真ん中を占拠したと思ったら、突然フェイリアの名前を呼んだ。めんどくさいことに巻き込まれる予感がして、ビュッフェの料理を取りに行こうとしたらフェイリアに襟首を掴まれてしまった。


「さぁ、いきますわよ!」

「えっ、さすがにアレはやばいんじゃないかな?」

「大丈夫です。予定通りです!」


 どう見ても罠でしかないけど、フェイリアの言葉を信じてシャーリーの方へと向かう。もっとも、襟首をつかまれている私は、どう足掻いても逃げようがないのだけど。


「来たか」


 フェイリアがイースレイの前に立つと、彼は不敵な笑みを浮かべながらフェイリアを指差した。


「フェイリア・クローネル! 現時点を以って、貴様との婚約を破棄する!」


 イースレイの宣言に、その場がざわめきだした。不仲であることは周知の事実だったが、婚約破棄を突きつけるとなれば穏やかではいられない。


 むしろ、当事者であるフェイリアの方が穏やかだった。むしろ、断罪されているのに穏やかすぎるんじゃないか。


「貴様は聖女であるシャーリーを何度も害してきた。それは王国の規律を乱す行為。そのような者に王妃の座は務まらん!」

「お言葉ですが、先日も申し上げました通り、陛下の──」

「ククク、その手は効かん! これを見よ!」


 イースレイは1枚の羊皮紙を取り出すと、高く掲げた。


「ここには聖女に危害を加えるお前との婚約破棄に対する同意と、国外追放の勅命が書かれている!」


 婚約破棄に加えて国外追放。聖女とはいえ平民であるシャーリーを虐めたにしては過剰なまでの罰に驚きを隠せない。


「フェイリアさん、大丈夫かな?」


 恐る恐る、フェイリアの顔色をうかがう。なぜか、勝ち誇った笑みを浮かべていた。フェイリアは沙汰を聞いて、恭しくお辞儀をする。


「クハハハ、泣き喚いても手遅れ──」

「謹んでお受けいたしますわ、殿下」

「今さらしおらしくしても、俺の気持ちは変わらんぞ!」

「結構でございます」


 フェイリアはクルリと踵を返して私の襟首を掴んで引きずっていく。それを見送る聖女も取り巻き連中もただただ茫然としているだけ。


「さて、帰りますわよ」

「えっと、料理は? まだほとんど食べてないんだけど!」

「その程度のものなら、我が家で心行くまで準備させますわ」


 フェイリアはわかっていない。ビュッフェというのは、好きなものを好きなだけ食べられるから価値がある。高級ならいいというわけじゃない。


 そう主張する猶予を与えず、私は公爵家の馬車に放り込まれてしまった。


「私がエスコート役だよね?」

「パーティーは終わりましたし、エスコートは不要でしょう」


 向かい側の席にフェイリアが座ると馬車が走り出した。


「これで私は自由の身。後はルミナさんが目的を達成すればいいのですよね?」

「どういうこと?」

「私はもう、この国に縛られません。なので、ルミナさんに付いていきます!」

「あ、そういうことかぁ」

「公爵家も全力でバックアップしますわ」


 目をキラキラさせながらフェイリアだけでなく公爵家として協力を提案してきた。そもそも、私の目的はフェイリアのスカウト。フェイリアが付いてくると言った時点で、目的が達成された形になる。


「バックアップはいらないかな。もう終わったし……」

「なんと、ナイスタイミングですわ! それじゃあ、近いうちに戻られるのですね」

「あー、うん。そういうことになるかな」

「よかったですわ。間に合わなかったらどうしようかと思ってましたけど、急いで話を進めてよかったです」


 ここまで聞いて、ようやくフェイリアが焦っていた理由を理解した。


「間に合わないってことは絶対にないんだけどね──まあ、いっか」


 あえて落胆させる必要はないと、私は真相については黙っておくことにした。


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