第16話 悪役令嬢包囲網
シャーリーを抱えながら逃げるように走り去ったイースレイは、生徒会室へと駆け込んだ。
「アルフェン、サンデー。緊急事態だ!」
「殿下、いかがなさいました?」
「聖女が! シャーリーが虐められていた!」
アルフェンとサンデーがシャーリーを見る。気を失っているようだが、外傷はまったくない。生命の危機を感じたシャーリーが、無意識のうちに自分の傷を回復させていた結果だった。
「特に異常はないように見えますが……」
フェイリアはたしかに極悪人だ。しかし、虐められていたと主張するには、聖女の体がキレイすぎる。アルフェンは自身の戸惑いを口にした。
「だが、俺はしっかりと見たぞ! シャーリーが『今日も中庭に呼び出されて池に突き落とされるに違いない』と言われて行ってみたら、彼女が校舎の壁に突き刺さっている姿を!」
「えっ、池に? 壁に?」
池に突き落とされたなら服が濡れていないのはおかしい。壁に突き刺さっていた状況だけではフェイリアを罪に問うのは難しいだろう。
「えっと、どうやって?」
「わからん! アイツは虐めたと言っていただけだった……」
そこが大事だろう。アルフェンはイースレイに詳細を求める。しかし、実際の現場は見ておらず、犯人の自供だけを元に断罪しようとしていた。
「自白だけでは証拠としては──」
「証拠など関係ない!」
「そうだ! 聖女様が危害を加えられたのだぞ!」
たしかに自白は重要な証拠として扱われる。一方で、たとえ事実であったとしても、それだけで罪に問うことは難しい。
そんな簡単なことにも気付かないほど、聖女が絡むとイースレイとサンデーは盲目的になってしまう。ゆくゆくは王妃にと考えているイースレイ。神殿の権威である聖女を崇拝しているサンデー。闇の申し子に対して嫌悪感を抱いているアルフェンは聖女にさほど興味はなかった。
「殿下が見たのであれば、たしかに事実なのでしょう」
そうは言いながらも、聖女に対する態度から色眼鏡で見ている可能性を念頭に置いておく。何しろ、迂闊に先走って動いてしまえば、自分たちの信用が失われ、フェイリアを断罪できなくなってしまうからだ。
「ああ、しかも婚約破棄を突きつけたら、父の許可がいると言い出しやがった!」
「それはそうでしょう。婚約は家同士の契約。貴族なら誰でも知っている話です。もちろん瑕疵がないというのが大前提にありますが」
「本当に貴族というのはくだらないな!」
王家として利益を最も享受しているイースレイが言うことではない。アルフェンは、その言葉を呑み込んだ。
「わかりました。では、断罪は大勢の人のいるところで行いましょう」
「どういうことだ?」
「たとえ証拠がなくても、多くの人間を動かすことができれば、それを真実にできるんですよ」
冷静な状態だと必ず証拠が求められる。しかし、浮足立った場面では、人は感情に沿って動く。それを利用した作戦。決してノーリスクとは言えないが、ひとたび結果を確定してしまえば覆すことが難しくなる。プライドの高い貴族ならなおさらだ。
「なるほど、その場の勢いでアイツを悪行を罪に問うわけか!」
「違います、殿下。仮に罪を前面に出せば、後でかならず証拠を求められます。それに応じられなければ責められるのは我々の方です」
「では、どうすると言うんだ!」
否定されて激昂するイースレイだが、アルフェンは冷静な態度を崩さず、眼鏡をクイッと上げた。
「殿下の望みは、あの女を断罪することですか? 違うでしょう。婚約を破棄して聖女と結ばれたいのではありませんか?」
「ぐっ、それはそうだが……簡単に破棄するつもりはなさそうだぞ!」
「いえ、よく考えてください。あの女は、陛下の許可が必要だと言っていた。ならば許可を取ればいいんです」
「簡単に出すとは思えんがな」
逡巡するイースレイ。アルフェンは彼から視線を外してサンデーに目を向ける。
「そこでサンデーの出番です。聖女が虐げられているという話を神殿で広めるのです。そうすれば、神殿も動かざるを得なくなるでしょう」
「しかし、神殿よりも王家の方が発言力があるぞ」
「心配はいりません。王家が上になっているのは多額の寄付金を支払っているという事実があるからこそ。神殿の意向をすべて無視できるわけではありません。特に聖女が虐げているという話であれば、国民の不興を買うことになる」
そう言って、アルフェンは不敵に微笑んだ。
「時間はかかるでしょう。しかし、陛下の許可は得られるはずです」
「さすがだな、アルフェン。俺の右腕というだけはある。サンデーもいいな?」
「もちろん、聖女様のためなら、どうってことない。僕が神殿の方は何とかしてみせる」
「私も学園の方は引き続き対応いたしましょう。殿下は時期を見て陛下に進言を」
「わかった」
当事者不在の中、聖女の取り巻き3人による悪だくみは着々と形が出来上がっていく。




