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第14話 悪役令嬢の憂鬱

 フェイリアは今日も早朝から魔法の特訓をしていた。マカロンイメージ法によって、すでに私が教えられる範囲を超えているのだけど、それでもなお、特訓を止めることはなかった。


「ところで、ルミナさんは何でここに来たんですか?」


 魔力量こそ低いものの、私の魔法技術は学園のレベルを超えている。もっとも、私からすれば学園のレベルが低すぎるだけなのだが。そんな私が、わざわざ他の国から編入してきたことに疑問を感じないわけがない。


「実はスカウトするために来たんです」

「そ、そうなんですか……」


 誤魔化してもよかったけど、フェイリアは当事者なのだから知る権利はあるはず。そう思って正直に話したのだけど、フェイリア表情を曇らせる。


「もしかして、スカウトができたら学園を辞めて帰るつもりなんですか?」

「そうだね。ここに残る理由もなくなっちゃったし。ホントは魔法技術を学ぶため、というのもあったけど、レベルが低すぎるから」

「そ、そうですか……」


 フェイリアの様子が明らかにおかしい。スカウトができたということは、フェイリアは長年住んでいた王国から離れることになる。そう考えれば、二の足を踏んでしまうのもしかたないことだろう。


「ま、でも時間はまだあるから。ゆっくり進めていくことにするよ。それでも1年以内には片を付けたいところだけど」

「1年ですか……」


 フェイリアの思いつめたような表情に、自分の故郷である王国に対する愛を感じて、申し訳ない気持ちになる。シャーリーを聖女として連れていくのは絶対に嫌だから、申し訳ないけどフェイリアをスカウトさせてもらう。だからこそ、気持ちの整理がつくまで待ってあげたい。


「まだ王国に未練があるみたいだし、それが解消してからでもいいかなとは思っている」

「なるほど、わかりました! 頑張ります!」


 どうやら、フェイリアも私の気持ちを汲んで、王国との未練を断ち切る覚悟を決めてくれたようだ。何でも言ってみるものである。


 その日、フェイリアは寮ではなく公爵家のタウンハウスに帰った。


「お父様に相談があるとお伝えいただけますか?」

「かしこまりました。では、晩餐の前に時間を作っていただけるように伝えましょう」

「ありがとう。セバス」


 家令のセバスが恭しくお辞儀をして部屋から出ていった。半刻も経たないうちに戻ってきて、面会が可能でございますと告げた。


「話があると聞いたが?」


 クローネル公爵──王国の武神と呼ばれた伝説的な存在。単身で敵軍を殲滅させたという伝説を持つ。今でこそ、一線を引いているとはいえ、その威圧感は健在だった。


「この国を出ようと考えております。ついていきたい方がいらっしゃるのです」

「ふむ、公爵家の立場を捨ててでも、望むと言うのか?」

「はい」


 父である公爵の前で余計な言葉は不要。「千の言葉を交わすくらいなら、千の拳を交わせ」という家訓に従い、最小限の言葉で意思を表明する。静かににらみ合う二人。緊張感の漂う部屋の中、最初に声を出したのは公爵の方だった。


「くくく、良い顔をするようになったではないか。あのまま王家の連中に飼い殺されるかと思っていたぞ」

「ご冗談を。私とて父の血を継いでおります」

「俺の方は異存はない。だが、婚約は家同士の契約。先方からの申し出を引き出せ。難しいことではないだろう?」


 口角を上げて、公爵はとんでもない要求を突き付けてきた。公爵の要求はいつだってこうだ。難しいけど不可能ではない。相手の力量に合わせて、ギリギリの線をついてくる。それが彼の厄介なところであった。


 婚約者であるイースレイはフェイリアを無視して聖女に傾倒している。それでも婚約破棄とならないのは、王家としてクローネル公爵家を繋ぎとめておく絶好の機会であるというのが大きかった。


「話はそれだけか? ならば立ち去るがよい」

「かしこまりました。失礼いたします」


 用が終われば、公爵は娘であることなど関係ないとばかりにフェイリアを部屋から追い出した。一見すると冷徹な対応に見える。だが、今さら親子の会話など不要。多忙な公爵はもちろん、ルミナの帰国というタイムリミットを抱えたフェイリアとしても時間を無駄にするつもりはない。


「殿下から好かれていないというのはわかっておりますが──そこから婚約破棄を提案させるとなると、いささか骨が折れますわね」


 イースレイとしても、いつかは婚約を破棄したいと思っているはずだ。だけど、フェイリアにとっては「いつか」ではダメだ。もちろん、彼に言わせるだけなら、自白剤でも盛ればいい。だけど、公爵の言葉通り、婚約は家同士の契約。王家に言わせなければいけない。


「つまるところ、公爵家との繋がりという価値と私という価値、神殿との繋がりという価値、聖女という価値、シャーリーという価値、これらを計算させて、私との婚約に対して価値が見いだせなくなればいいのですが……」


 正直なところ、フェイリアの価値は最低に近い。噂にしか過ぎないとはいえ、闇の申し子という悪名の影響力は計り知れない。だけど、それを差し引いてもクローネル公爵家の、父の力には価値があった。


 一方、神殿に対して王家は多大な寄付をしており、王家が婚約を通じて繋がりを求める価値は低い。さらに現在の国王と王妃は聖女に対して懐疑的だった。先代の聖女が没してから、シャーリーを見つけ出して聖女に据える間も、王国に魔物が押し寄せたことは一度もないからだ。


 ここまでの評価を動かすのは簡単ではない。可能性があるとすれば、シャーリーの現在の価値がゼロであることだ。貴族としての立ち居振る舞いはできないし、教養があるわけでもない。魔力量こそ高いが魔法も人並み程度。その足りない部分に代わるようなプラスの評価を作れれば、フェイリアが自由になれる可能性が生まれる。


「明日からはシャーリー様の素晴らしさを皆様に広めていかなければいけませんわね」


 周りの評価を上げると期待値も上がる。周囲からのプレッシャーは半端ないものになるだろう。


「申し訳ありませんけど、私のために生贄になっていただきますわ!」


 口をキュッと引き締めて、フェイリアは覚悟を決めた。

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