ふいに、落ちる(二)
シュリスの口から発された言葉に、俺は驚いた。
まだ、眠っていたから知らないと思っていたのに。それに、顔も――。
再び、彼の顔を見つめると、みるみる赤くなっていった。
「どういうこと?」
心底不思議で、聞き返してしまう。
「いや、あれはわざとじゃないから。なかったことにしようと――」
ごにょごにょと言い淀む。
「え、意思をもってしたの?」
自分の顔も熱くなる。無意識化だったら、しょうがないとかで流せるけど、意識があったならそれは――。
「初めてだったのに」
俺は、子どものように頬を膨らませた。
「えっ、初めて?」
彼は、驚いたように問い返す。
「なんでも、ない」
なぜか、恥ずかしくなって口籠れば、シュリスが距離を縮めてくる。艶っぽい瞳が俺を捉えて、離さない。
「あ、じゃあ。朝ごはん食べよう」
言い逃れするタイミングを見計らったが、彼の視線は外れなかった。
好きだと気づいてしまえば、直視できずそのまばゆい輝きから目を背けることしかできない。
「ユウラ様」
呼ばれて、振り向けば優しく包み込まれる。シュリスの体温と鼓動が伝わり、逃げられず静かにおさまった。
しばらくたって、瞼が落ち始めるのを感じ、腕の中からの解放を求める。
「そろそろ、出して」
「いや、まだ傍に居てほしいな」
さりげない言葉だが、心臓が高鳴る。もう少しだけなら、いいか――。
「シュリス、起きたか? ユウラはどんな感じだ?」
扉を挟んで、マーシュの声が聞こえた。心配そうに震えているため、すぐに扉へと向かう。
だが、背中には彼が張り付いたまま、離そうとしなかった。
「ユウラ、もう大丈夫な、の、か?」
俺の顔を見て、安心したように頬を緩めた後、眉根が寄る。
「どうした?」
俺が聞いてみても、マーシュは答えない。ただ、自分にかぶさっているシュリスを見て、怒っているようだ。
「お前、病人相手になにしている」
「なにも、していませんよ。冷えてはいけないので、温めているのです」
さも当然というような、言葉に笑みがこぼれる。いつもは、大人びているのに、今日は子どもっぽいな。
「離れろ。着替えろ」
マーシュは命令するように、シュリスに言いつける。
「ごめん、すぐ着替える」
俺が返事をすると、彼は慌てたように手を虚空に動かす。
「ユウラはいいんだよ。ゆっくりして、こいつに用があるだけだから」
後ろに張り付いていたシュリスの耳を引っ張り、俺から引きはがすと笑顔で手を振った。
「本当にゆっくりでいいから。ご飯も用意してあるよ」
それだけ残して、去っていった。
数年が経ち、ゲームの始まりが近付いてきた。
舞台である爽華学園に、雰囲気を味わう体験をやっていた。
入学希望者は、一ヵ月の期間中学園に通えるのだ。
授業などは、そこまで受けられないが、学食や校風が見えてくる。
そこに、俺とマーシュ、ソフィ、シュリス、ユウリが来ている。年齢はバラバラだし、貴族と平民という差があるため、応募も難しかった。だが、正規の俺とマーシュ以外は、学力で昇ってきた。
「ユウリは勉強してこなかったのに、すごいな」
率直な感想だったが、彼は照れたように話す。
「ソフィが教えてくれたから、生きられるかわからないけど最後の時まで、楽しみたいからね」
その言葉に、涙が込み上げる。俺が働いたり、家族に逆らっていたのはすべて、ユウリのため。魔力詰まり症を治すためだ。
もういつ、倒れるかもわからない灯に希望を抱いているだけ。根本的な解決にはなっていない。
「俺は、この学園で学んで必ず、ユウリの病気を治すから」
「ありがとう」
しんみりとした空気だったが、その一言で笑顔が戻る。
「おい、お前。アシュリーを追いかけてきたのか?」
突然、背後から聞こえてきた声に身体が固まった。
「モダン……様」




