ふいに、落ちる(一)
振り返ると、そこにいたのはアシュリーだった。
横にはモダンが控えていて、僕たちを警戒している。
「なんのようだ」
ユウラを抱えている僕の前に、マーシュが割り込んでくれる。
「ユウラ様の体調は大丈夫なのですか?」
心配しているような雰囲気ではあるが、こいつのせいで今に至るため、睨み返す。
「婚約破棄。しかも、別の男といるなんて淑女として最低なのでは?」
精一杯の皮肉を込めて、話した。アシュリーは、顔を少し下げて、唇を噛む。
「では、我々は失礼します」
マーシュが、言い切り御者に扉を開けてもらい、乗り込んだ。
「待って、私が悪かったの。ごめんなさい」
地面にへたり込む彼女を見ながら、馬車はゆっくりと動いていった。
顔を両手で覆い、泣きじゃくる彼女に、モダンは寄り添っていた。
馬車の中は、暗く静まり返っていた。話し始めることはなく、ただユウラを見つめる。
毛布にくるまれた彼は苦しそうに息を荒げている。熱は下がったが、それでも体調が悪いことには変わりない。
「ゆっくり、揺らさないように」
マーシュは御者に忠告して、城に戻る。
「着いたら、速攻で部屋に運ぶぞ」
「わかっている」
喧嘩しているような雰囲気の中、到着した。
中から出てきたソフィとユウリに、事情を伝える前にベッドへと運び込んだ。
すぐに、身体をタオルで拭う。汗で濡れてしまった服も、触り心地の良いシルク素材のモノに変えた。
健やかな寝息を立て始めて、安堵のため息を零す。
「ユウラの様子はどうだった?」
マーシュは、残っていた二人に事情を説明していたため、診に来れていなかった。
「ユウラは平気なの?」
「大丈夫なの?」
それに続いて、ユウリとソフィも僕に近づいてくる。
「とりあえずは、大丈夫です。だけど、今日は僕が寄り添います」
マーシュは目を開いて、唇を噛みしめ、言葉を飲み込んだ。
「頼んだよ」
ユウラが眠る部屋に戻り、布団の中に潜りこむ。
彼の熱気で、少し温かく感じ、まだ熱が下がりきっていないことを実感する。
「おやすみ、ユウラ様」
聞こえなくてもいいと、声をかけて眠りについた。
***
身体のだるさが幾分か落ち着いてきたように感じる。
服も濡れていないし、着心地がいい。目を開いてみると、今の状況に「ぁっ」と少し声が漏れた。
シュリスの顔面がほんの数センチまで、近づいていたからだ。
すぐに起き上がればよかったんだけど、「んん」と寝返りしたと思ったら、唇に何かが触れた。優しく、柔らかく、熱を持った。
身体も熱いが、顔に一番、血液が集まってくる。
「ひゃあ」
情けない声がこぼれて、ついにシュリスも目を覚ました。眠たそうに、瞼を擦り見つめてくる。
「どうした?」
寝起きで掠れた声が、今はクリティカルヒットで、心臓が跳ね上がる。
「いや、あの、えっと……」
言葉が紡げずに、あわあわと手振りだけが大きくなった。
「顔が赤い、熱も高い――」
シュリスは近くにあったタオルを濡らし、俺の額に乗せてくれた。額に感じる重さに、冷静さを取り戻……せなかった。
冷えていくけど、心までは届かない。
心拍が速まり、唇に当たった感触が残っている。
「どこが痛い? 辛い?」
真剣に、看病してくれているのに、邪な気持ちでいる。
死んだ方がいいとか、この世界に来なければとか考えていたのに、そんなことって思えるほどの衝撃だ。
感じたことのない胸の高まり、直視できない彼の顔面。頭に響かないように話す囁き声。
俺は、シュリス相手に緊張しているのか。それに、なんだこの気持ちは――。
「……もう一回したいなんて」
「何を?」
声に出てしまった。慌てて口を手で押さえるが、シュリスは問いただしモードに入ってしまった。
「もう一回って、タオル? それとも、身体を拭う? 着替える?」
腰元に伸ばされた手に、ビクッと身体が動く。恥ずかしくて、それこそ死にそうだ。
「どうしたの、ユウラ様。言ってくれないとわからない」
真剣に言ってくれているのに、俺は何も言えない。
「もしかして……キス?」




