逃亡劇(五)
背後から、寝息が聞こえてくる。すやすやと規則正しい。
遠く離れたのに、なぜか近くに感じて振り返る。
「……シュリス、寝た?」
小声で話しかけた。
「寝ているよ」
寝息が聞こえていたはずなのに、目は開いているし距離は近かった。
「なんで、こんな近くにいるんだ!」
「寒いからかな? 今日くらいはいいんじゃない?」
「それで、俺が許すと思ったのか」
ベッドの際まで離れていたせいで、下に落ちかけた。身体をぐっと引っ張られ、元に戻る。
「ありが――」
顔が近い。シュリスが何だか変な気がする。いつもと違う。
「無事で何よりだよ」
「う、うん」
直視できなくて、身体を丸めたらお腹に腕が回される。俺は、驚いてベッドから立ち上がろうとしたけど、彼の力が強くて出ることが出来ない。
「あの――」
「どうしたの?」
シュリスは、何てことなげに言う。この状況をどうすることも出来なくて、必死に目を閉じ続けた。
光を感じて目を開く。
「おはよう、やっと起きた。ユウラ様」
昨日、俺の後ろに張り付いていた男が立っている。あの後、眠れたんだ。
そっちの方が衝撃だった。シュリスに言われ、着替えた。その頃には、メイドガ扉の前で待機しており、軽くノックされた。
「お食事の準備が整いました。食堂までご案内いたします」
メイドについて行き、食堂までたどり着く。扉を開けられた途端、中からマーシュが飛び出してきた。
「ユウリとこいつが部屋を変更したんでしょ。大丈夫だった?」
心配そうに両肩に手をおいた。
「え……」
言葉が出なかった。「大丈夫」は嘘な気がして、なんて返すのが正解か迷ってしまった。
「ユウラ、何かあったの?」
ソフィの隣に座っているユウリが立つことなく伺ってくる。
「いや……」
ずっと濁した態度を取っていたせいか。マーシュは額に血管を浮かべて、シュリスの胸ぐらを掴んだ。
「お前、ユウラに手を出してないよな?」
顔は笑顔なのが、余計怖い気がする。俺は、マーシュとシュリスの間に入って喧嘩を止めようとした。原因がわからない以上、行動を防ぐくらいしかできないけど。
「何か言えって」
「別に、何もしていませんよ。ただ、一緒に寝ていただけです」
シュリスが冷静に話すが、そのことで強く抱かれたことを思い出した。
お腹周りに、腕がまわった感触が残っている気がする。こんな変態臭かったっけ?
地味にショックを受ける。
「なんで、ユウラの顔が赤くなるんだよ。やっぱり、なにかしたんだろ!」
終わりの見えない喧嘩、仲裁しようとしても間には入れない。
「ユウラ、こっちおいで」
ユウリが隣の席をポンポンと叩いて、俺を呼んだ。どうにもできないと諦めて、座ることにした。
食事を始めた時だった。廊下が騒がしくなり、多くの使用人たちの怒号を含んだ敬語が飛び交っている。
「予定のない訪問はお断りしています」
「旦那様や坊ちゃまから、聞いておりません」
マーシュは異変に気付き、扉を開けると、見たくなかった顔が二つ並んだ。
「こんなところにいるなんてな」
「探したんだぞ」
心配そうな表情を浮かべて離しているが、口元がほくそ笑んでいる。お前らの者じゃないのに――。
「ウソついて探さないでいいですよ」
「ウソじゃないさ。さぁ、早く帰ろう」
俺は、父様に腕を掴まれ無理やり連れて行かれそうになる。
「待ってください。彼は、体調がすぐれないので、しばらくうちで療養させます。もちろんユウリもです」
マーシュは、父様と俺の間に割り込んだ。
「それなら、私どもの家でもできますので――」
父様は、手両手をもみもみして対応する。下の者を見下し、上の者にはゴマをすっている。
ユウリの前にはソフィが立って、守ってくれていた。最悪の場合、俺だけでも帰れば……。
足を踏み出そうとして、シュリスの腕の中に納まる。
「お帰りください」
たった一言だが、公爵家に背くのはよくないと帰っていった。
「ありがとう。シュリス」
「いいよ。僕がもっと一緒に居たかったから」
父様と兄様はいなくなったが、またマーシュがシュリスの胸ぐらを掴んで、喧嘩の続きが始まってしまった。




