逃亡劇(一)
「ちっ、あいつはどこに行ったんだ」
「男に担がれていましたね」
取り残された父。ラベン・アイジェントは、愚息が出ていった扉を見つめ舌打ちをする。
「せっかく、公爵家の方があいつを気に入ったというのに――くそっ」
胸の内に怒りが込み上げ、すぐに行動へと移した。
扉の外へ出ると、自分の家の馬車に乗っている御者に声をかける。
「お前、すぐに家に帰るぞ」
「どうなされたのですか?」
御者は、突然の帰宅宣言に慌てて問うた。
「どうもこうもない! 俺の息子が誘拐された」
「それは本当ですか⁉」
御者は目を丸くして、驚きを隠せていない。
「だから、早く馬車を出せ」
ラベンに続き、兄のリーべ・アイジェントも御者を急かせる。
馬車の扉を壊れそうなほど強く締め、今の状況を正しく理解した御者は馬車を動かした。
行きよりも早く邸に到着すると、ラベンはユウリの部屋を訪ねた。
扉を叩くことなく、開けると血まみれの毛布が床に落ちており、当の本人は姿は確認できない。
「ユウラだけじゃなく、ユウリまでっ」
ラベンは唇を噛みしめわなわなと震えている。
「おい、お前」
扉の前を通りかかった侍女を止め、ラベンは叱責するように指示を出した。
「お前たちがいながら、ユウリを失うなど言語同断。さっさと愚息二人が誘拐されたと騎士団に言わんか!」
「はいぃ」
おびえた様子で次女が廊下を走り、他の使用人たちも行動を始める。
「リーベ、この血のついた毛布を騎士団に見せるぞ」
「父上はさすがですね」
リーベは卑しく笑う。二人の脳内は繋がっていると思われるほどに、すぐ相手の悪だくみを理解する。
「これを渡せば、誘拐の上に殺人犯扱いまであり得るからな」
漏れる笑みを手のひらで覆い隠す。
「騎士団への報告を完了いたしました」
先ほどの次女が震えながら、ラベンに報告する。
その言葉を聞いた二人は、浮足立つような軽やかな歩を進め、血だらけの毛布を抱えて騎士団の元へと向かった。
***
外が騒がしくなったような気がする。
もう夜も更けって、朝を目指し身体を休めようとしていた時だった。
暗闇に包まれているはずの道には、松明を持った人々が練り歩いている。
「なにかあったのかな?」
ユウリが不安そうに、俺にかかっていた毛布を握り締める。
「大丈夫だから、ユウリも寝ろよ。それか一緒に寝るか?」
冗談っぽく言ったのに、ユウリはもぞもぞとベッドの中に入ってきた。
一人用のベッドに二人。狭さを感じるが、お互いの体温を感じて安心する。
これも、お腹の中で二人くっついて過ごしていたかな? なんて、笑いが込み上げてくる。
「ユウラ、どうしたの?」
「なんでもないよ。ちょっと、面白いなって思っただけ」
「なにが? そんなに面白いなら僕にも言ってよ」
毛布の中で、ひそひそと会話をしていると、突然扉が開いた。
「ユウラ様、ユウリ様。大変です」
汗を流し、慌てた様子のシュリスだった。
その後ろには、心配そうに胸の前で手を組んでいる妹のソフィもいる。
「どうしたんだ?」
まだ気だるい身体を起こして、シュリスたちに向き合う。
「お二方が誘拐及び、殺害された可能性があると捜索願が出されています。見つけた者には、賞金もあると言っていて」
「誘拐? 殺人⁉ どうしてそんな大事に」
そこで、俺の頭の中に二人の人物が現れた。
「父様と兄様か……」
ユウリも同意するように、頭を数回、縦に振った。
「とりあえず、ここにいてもらって……邸に戻らされる可能性もあるから、それだけはかくごしていて」
シュリスは、下唇を噛みしめ自分の不甲斐なさを感じているようだった。
「シュリス、ありがとう。君のおかげで俺たちは助かったんだ。だから、あまり悩まないで」
俺の言葉に、シュリスは頷く。その光景を見て、笑みを浮かべた。
「すいませーん、お話良いですか?」
見知らぬ人の声が家の中に不穏な空気を運ぶまでは――。




