乙女ゲームの主人公登場⁉
邸にたどり着くと、ベッドの上には大量の血が広がっていた。
乾いているものから、最近のものまで。
ユウリは青白い顔で、俺を見つめる。
「……おかえりなさい」
震えるようなか細い声でそう返してきた。
「遅くなってごめん。俺が絶対に助けるから」
シュリスは俺を、ユウリの隣に下ろしてくれた。
すぐに、弟の手を握る。
助けると言ったものの、俺はユウリの手を握ることしかできない。
「ユウラ様、少し待ってて」
シュリスはそう言い残し、部屋から出ていった。
俺は、どんどん冷たくなっていくユウラの身体を温めるために、自分のベッドの毛布と交換した。
血まみれでは匂いが酷くなってしまう。少しでも清潔なものに変えて、再び手を握る。
「ユウリ、本当に俺のせいで――」
「……大丈夫だよ。ユウラが僕を助けようとしてくれていたのは、わかってるから」
「だが」
「それに、これに関しては僕が勝手にしたことだから……自分を責めないで」
しんみりとした空間の中に「バンッ」と強い力で扉を開ける音が響いた。
「はっ、はっ、まだ間に合うな」
息を切らしたシュリスと黒髪ボブで桃色の瞳をもった女の子が現れた。
その容姿を見て、すぐにピンときた。
彼女はこの乙女ゲームの主人公、ソフィ・ラービィだ。
「ソフィ、頼んだよ」
「はい、お兄様」
シュリスに頼まれ、ソフィは有利に向き合う。
俺が握り締めている手の上から柔らかな白い光が広がる。
やがて、シャクヤクの花や茎、葉が室内を覆い尽くした。
温かい気持ちに溢れていると、ユウリの手がピクッと反応した。
冷たかったことが嘘かのように、血が通いだす。
ユウリは眠ってしまったが、顔色も赤みが差してきた。
「ソフィさん、ありがとうございます」
俺はソフィに深く深く頭を下げた。
「そんな、すぐに頭を上げてください。こちらこそです」
頭を上げる前に、顔の下に相手の後頭部が見えた。
「そんな、俺が感謝しなければいけないんですよ。貴方は弟を助けてくれた恩人ですから」
「恐れ多いです。わたしは治癒が使えるだけのただの平民です。貴族の方に敬語やら頭を下げてもらうやらは必要ないんです」
ソフィは鼻息荒く語っている。
乙女ゲームをプレイしていた時の印象とは違う。
主人公を正面にみている。性格も攻略対象者との話だけだったが、実際に話してみてわかる。
純粋で優しい。この子は正真正銘の主人公だと思えるほどにだ。
「あ、改めまして、俺はユウラ・アイジェントだ。今回は助けてくれてありがとう」
「いえいえ、そんな。えっとわたしは、ソフィ・ラービィです。いつも兄がお世話になっています」
「いや、世話になっているのは僕の方だよ」
ソフィに手を差し出し、握手を求めた時だった。
視界が歪んで、意識がなくなった。
再び目を覚ますと、見覚えのある光景だった。
「ユウラ、もう起きても平気?」
顔を近づけて俺の心配をするユウリだ。
「いや、ユウリこそ。大丈夫か⁉」
最後に見た時は、顔色が良くなってきていたけど立てるほどじゃなかった。
俺は布団をめくり、ユウリの身体を触りまくる。
「痛いところは? 苦しいとこは? 血は足りているのか?」
俺の質問攻めにユウリは笑った。
「もう大丈夫だよ。ソフィが治してくれたでしょ」
その表情は確かに、今までで一番元気そうだった。
それで、言ってしまった。
「魔力詰まりは治ったのか?」
寝起きで頭が回っていなかったこと。元気な姿を見て思ってしまったこと。
すべてが繋がり言ってしまった。
だが、ひどく後悔した。
ユウリの顔から笑顔を消し、涙を浮かべさせてしまったから。
俺はユウリを優しく抱きしめる。
「……ごめん」
言葉は返ってこなかったけど、俺の背中に回った手がぎゅっと抱きしめてくれた。
二人ともしばらく泣き、腫れてしまった目元をどうしようかというところで、シュリスが入ってきた。
「二人とも、すごい顔をしているね」
シュリスはソフィを呼び、二人して目元を直してもらった。
しばらくの間、この家に住むことになった。




