仮面パーティー(二)
「大丈夫かっ!」
聞き覚えのある優しい声に、今の状況を数秒だけ忘れた。
仮面越しでもわかる、整った美しい顔。細身でありながら、力強い。
〝シュリス・ラービィ〟
シュリスは椅子に座っていた俺を軽々と抱っこした。
「おい、待て。そいつは俺のものだ。気安く触るんじゃねぇ」
青年は、俺を抱える彼に声を荒げる。
伸ばしてきた手を片手で払い落し、睨みつける。
「そちらこそ、僕の婚約者に手を出すなんて礼儀知らずじゃないか?」
青年は、怯む。だが、何かを思い出し、またシュリスにつっかかった。
「ユイは、婚約者を探していると父親に言われていた。どんな相手でも構わないとも……それって、相手がいないということでしょう?」
薄気味悪い笑みを浮かべ、睨みつけるシュリスと同じような視線を向ける。
火花が散るような光景を目の当たりにして、俺は何もできず。ただ、先ほどの恐怖に身体を震わせた。
「ユウラ様――。ユイ様の体調がよろしくないようなのでこれで失礼します」
青年に背を向け、休憩室から出ていく。
その時に、肩を強く掴まれたようで「っ――」と声を漏らした。
「シュリス……」
「大丈夫だよ。すぐにこんなところから出してあげるから」
彼は言葉通り、足を速めた。
平民とわからないほどに、品格を感じる態度で歩く。
「おい、ユイ! お前、あいつとちゃんと――」
「失礼します」
父様が俺の姿を認識して報告を求めてきたが、シュリスが遮る。
優しい体温に包まれ、安心していたがふと頭に弟の顔がよぎった。
「シュ、シュリス。このまま、ここを出たらダメなんだ。ユウリがっ――」
切羽詰まった声に、彼は歩みを止めた。
「それはどういうこと?」
優しく問いかけられ、文章にならない単語だけを吐き出した。
「俺のせいで、薬で、ユウリが……吐血して、解剖するって」
自分自身も今の状況を明確に思い出し、血の気がさる。
父様の機嫌を取らないと、さっきの青年の元に戻らなきゃ――ユウリがっ。
「助けていただきありがとう。だけど、戻らないといけないんだ」
シュリスの腕の中から出ようと、力を籠めるがはずれない。
「そんな弱い力で、あの人に抵抗できるの? 僕は君をあの場所に戻したくない」
抱きしめる力が強まった。これではさっきよりも抜け出すのは難しそうだ。
「俺は、弟を助けるためにこんなところまで来たんだ。頼むから放してくれ」
「でも――」
「でもではない。これは命令だ」
使いたくなかった貴族の権力を振るい、平民に命令をした。
だが、腕の力を緩めることはない。
長々とここにいるわけにもいかないのに、下ろしてくれない。
俺が何を言っても水平線だな。
「じゃあ、聞くけど解決策はあるのか?」
彼の腕の中でふてぶてしそうに呟く。シュリスは、すぐに考え始めた。
「……ユウリ様を、誰か信頼のできる貴族の方に面倒を見てもらうのはどうですか?」
すぐに浮かんだのは、マーシュだがそんなことをしたら父様が黙っていないだろう。
だが、家を出るのは良い判断なのかもしれない。
あの家にいたところで、ユウリの病が治ることはないからな。
お金の問題は俺が稼ぐことで何とかして、今は一刻も早く家に帰り荷物をまとめた方がいいな。
「シュリスは安い宿屋を知っているか?」
「えっ、ユウラ様はお一人で宿に⁉ ダメだよ」
真剣な声のトーンに、背筋が伸びる。
「なんで? ユウリは頼めても俺もなんてことは」
「ご自分で理解されていなさそうだから言うけど、美人だよ」
これまた真剣なトーンだった。
急な褒め言葉に、心臓が跳ねた気がしたが、恐怖心がまた帰ってきたのかと気にも留めなかった。
「ほら、顔が赤くなっているよ。ひとまず、ユウラ様のお邸に行こう」
「えっ、そ、そうだな」
鼓動が高鳴る中、俺の邸に向かってシュリスは走り出した。




