遭遇
「何か本は見つかりました?」
マーシュの元へ近づくと、首を傾げながらお菓子つくりの本を眺めているところだった。
「ううん、このケーキの本とマカロンの本で迷ってる。ユウラはどっちが食べたい?」
突然ふられたこともあり、俺も首を傾げる。
「ん? あれ、ユウラはその本を買うの?」
「はい」
そこだけは即答し、また頭を悩ませた。
彼に聞いた方が分かるかな?
でも――。
「マカロンって難しいと聞くので、作ってみてもいいんじゃないですか?」
黙ることにした。
実験のようになってしまうかもしれないけど、実際にやってみた方がどうなるのかわかる。それに、正規の方法ではなくても治る可能性があるなら試したい。
「ユウラはマカロン好きなの?」
「はい、甘いものは全般好きですよ」
「そっか……」
マーシュは嬉しそうに頬を綻ばせた。
俺と彼は本を買い、帰路につく。
「今日は貴重な体験をありがとう。また、機会があればついて行きたいんだけど」
マーシュは俺の顔色を伺いながら聞いてきた。
そんなこと聞かなくたって、ついてくるくせに……。
「いいですよ。しっかり働いてもらいますから」
「手厳しいな」
――並びながら他愛もない話をしていた時だった。
「あら、ユウラ様。ごきげんよう」
前からエメラルドグリーンの髪を揺らし、近づいてくるアシュリーが目に入った。
隣にはモダン。
なかなかの修羅場だ。
こんなことなら、変装を解かなければよかった。
不機嫌そうに俺を見つめるのは、モダンの方でアシュリーは良い笑顔で話しかけてくる。
「お二人で、何をしていらしたんですか?」
口元を扇子で隠し、目元を細める。
今の俺たちの状態は、泥だらけ、埃まみれ、汚いと言われてもおかしくない恰好をしている。
アシュリーからすれば、こんなやつが婚約者なんて、嫌に決まっている。
返答に困っていると、マーシュが俺の前に立ち視界を遮ってくれた。
「彼は僕と一緒に、社会経験を積ませてくれたんだ。僕はあまり社交的ではないからね」
マーシュの顔は見えないけれど、優しい笑顔が脳裏に再生される。
「ふん、そんなことしなくても生きていけますわ」
蔑むような視線を向け、俺たちに背を向けた。
「ああ、早くユウラ様に話したいことがあるんです」
遠ざかりながらの言葉に思わず、呼び止めてしまった。
「今、言えばいいじゃないですか」
「……いいえ、この程度の人数では足りませんわ。もう少しお待ちを」
意味深な話に、俺は何も言い返せなかった。
モダンにエスコートされ、アシュリーは去っていく。
前に立ってくれていたマーシュは、俺の方に振り返った。
「婚約者のいる女性が、別の男性と歩くなど不貞行為だよ。ユウラ、婚約は解消した方が良いんじゃないか?」
心配そうに話しかけてくる。その優しさに胸を撃たれながらも首を横に振る。
「仕方ないですよ。俺は嫌われ者で、弟以外の家族にはやっかいもの扱いです。この縁談がなくなればお金を失うも同然。政略結婚なんですから、我慢すれば――」
「よくないっ! ユウラが辛いなら、やめてよ。お金の心配なら大丈夫。僕が援助するから」
「気持ちは嬉しいですが、決定事項なんです」
「そんな、ユウラだけ苦しむなんて僕許せない」
マーシュは両こぶしを握りしめて、真っ赤になっていく顔でいなくなった二人の影を目線で追う。
「こんなの間違っている」
手の血色がなくなり、白くなってきた。俺はとっさに手を掴む。
「それ以上は、ダメですよ。怪我をします」
触れた手は、熱を帯びているかの如く熱さで、慌てて額から熱を測った。
思ったより、熱い。
「マーシュ様、早くお帰りになられた方が良いです。額が熱いですよ」
真剣に言ったつもりなのだが、彼は話を聞いていないようだ。
「マーシュ様?」
顔を近づけると、今度は勢いよく離された。
「も、もも、もう大丈夫だよ。だけど、そうだね。念のため早く帰るよ」
走り去っていくマーシュを見送り、手にしている本を覗いた。
帰ったら早速、ユウリに話してみないと――。




