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あの日のこと

 それは、俺が気を失った後の話。

 マーシュは、俺の声の通り逃げようとした。だが、倒れてしまった俺に、震える足で駆け付けようとした。

 その時だった。


「君は逃げろ」

 剣を片手に持った男が、ユウラの前に立ちはだかる。


 魔獣は咆哮をあげ、鋭い爪を振り下ろしてきた。

 マーシュは、唇を噛みしめ足でまといにならないように木の陰に隠れた。

 男はユウラを庇いながら、剣で爪を押さえる。遠くから見ても腕が震えていて、今にも力負けしそうだった。


 だが、もう一人少女が現れて、男に魔法をかけた。

 神聖な白い光に包まれ、力、動き共に早くなった男が倒した。

 腕の中にはユウラを抱えていた。


「お姫様抱っこしていたまま、どこかにいってしまったんだ」

 間接的に聞くと、羞恥心から頬が赤く染まる。

「どうして止めてくれなかったんですかっ!」

顔はそのままに、マーシュを問いただすが淡々と返されてしまった。


「僕は止めたよ。だけど、聞いてくれなかったから」

「そうなんですか」

「それより、なんでそんなに照れてるの? もしかして、好きな――」

「違いますよ。ただ単に恰好が恥ずかしかっただけです」

 マーシュは含んだ笑みを浮かべながら、俺も観察してくる。


「そういえば、アシュリーとはどうなんだよ」

 彼の口から上がってきたアシュリーとは、俺の婚約者で名をアシュリー・ドランスという。

 鋭い眼差しは血のように赤い瞳も相まって迫力が凄まじい。緑髪をいつもハーフアップにしており、ストレートに伸びている。

 蔓のようなみために、相手を掴んだら離さない執着心を持っているキャラクターだ。

 ゲームの説明文のまま話したが、血のように赤いとか、蔓のようにとか大げさだと思っていた。

 でも、実際に会ってみてわかった。あながちウソではないとこを。


「微妙ですかね……?」

 反応に困る。転生してからアシュリーに会ったのはマーシュのお茶会のときだった。

 彼から婚約者の話を聞いて思い出した。それで、誘わないのかと聞かれた。

 婚約者と親しくないと不思議がられると思い、招待してみたが案の定だった。


 設定的に、この頃からモダンのことをしたっていたはず。

 モダンルートで、ヒロインを虐め、国外追放された。

 俺という婚約者がいながら、他の男のために踏み込んじゃいけないところに入ってしまった。婚約破棄はされていなかったが、俺たちの関係はだいぶ冷めていた。

 政略結婚の見本のようなものだ。


 愛されず、愛さずただ傍に居るだけ、それが一番辛いのに……。

 俺が浮かない顔をしたせいか、マーシュは心配そうに話しかけてくる。

「ユウラ、大丈夫? 顔色悪いよ。もう、この辺にしようか」

「すいません。そうしておきます」

 冒険者ギルドに薬草を提出し、多少のお金を頂いた。


「僕、初めて自分で稼いだかも」

 マーシュは手にした小さな袋に頬ずりをして喜んでいた。

「良かったですね。俺は本屋に寄るので先に帰ってください」

 軽く手を振ったはずなのに、彼はその場を動かなかった。

 この世界だと、手をふっても〝さよなら〟の意味じゃないのか?


「えっと、お先にお帰りください」

 もう一度、言葉を残し、背を向ける。

「待って」

 手首を掴まれ止められた。


「どうしましたか?」

「僕も行く、本屋に行くのも初めてだから」

 それは嘘な気がする。だが、断れば何をするかわからないため、ため息と一緒に声を発する。


「仕方ありません。一緒に行きましょう」

「一言余計だ」

 本屋に入り、いつも通り魔力詰まり症の治療に役立ちそうな薬草図鑑を探す。

 前の本ではそこまで有益な情報がなかった。


 今度こそ――。


 手を伸ばした先にあった、古い本を手に取る。

 表紙がボロボロで、かろうじてわかるほど傷んでいた。


「血行をよくする薬草?」

 開いたページにそう書かれていた。

 そういえば、魔力は血液のように体の中を循環していると聞く。


 もしかしたら――。

 俺はその本を大事に抱えて、マーシュの元へ向かった。


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