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学生に不人気な時代を研究していた大学教授、異世界で奴隷から皇帝へ  作者: 越後⭐︎ドラゴン
崩壊と建国

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92話

 統万城の城壁は異様(いよう)であった。


「史実は本当だったのか……」


 壁には血痕がいくつもあり、人の顔が浮かび上がっているところもあった。おそらく、生きたまま壁の中に埋めたのであろう。壁の強度(きょうど)に満足しないと、責任者を埋めたという話は本当だったようだ。


「ケイ……なんなの、ここは……」


 母もその異様な光景に顔が青ざめていた。ここに来たことを、早くも後悔(こうかい)しているようであった。


「よく来たな、婿殿」


 カクレンが出迎えた。背が高く筋骨隆々としている。男のような出立(いでた)ちだが、胸の膨らみもしっかりあり、顔立ちも端正(たんせい)で女性らしかった。


「この世界の赫連勃勃は女なのか……」


 カクレンに城の中へ案内された。城壁は出来上がっていたが、中は未完成のようだ。建設中の建物が多数あり、人夫が駆り出されていた。


「固い話は抜きだ。賀蘭部が我に従うなら、燕の残党(ざんとう)どもも後秦の連中も恐るに足りん」


 カクレンの中では、すでに賀蘭部は降伏(こうふく)したものとして話が進んでいた。


「婿殿はなかなかの男前だな」


 カクレンはケイとシュクランに酒を勧める。馬乳酒であった。カクレン自ら煉瓦(れんが)のような茶葉を砕き、馬乳酒に混ぜて杯を手渡してきた。


 ケイは両手で受け取り笑顔を作り、少しずつ飲んだ。わずかに残して杯をカクレンに返すと、カクレンは満足げに頷いた。


「婿殿は礼儀正しいな。だが、男らしく飲み干してよいのだぞ」


 二杯目を渡されると、ケイは一気に飲み干す。カクレンは楽しそうに手を叩いて喜んだ。


「いける口だな! 馬乳酒では物足りないだろ。これを飲め!」


 三杯目はウォッカのような酒であった。馬乳酒を蒸留(じょうりゅう)したものだという。ケイはそれも軽々と飲み干した。


「カクレン様にも、わたくしの杯を受けていただきたい」


 カクレンは笑い、飲み干した。飲み比べになった。母シュクランはとっくに潰れていた。二人は交互に酒を飲み干していく。一つ目の樽が空になる。


「なかなかやるではないか! 気に入ったぞ!」


 ケイは酒に強い。どんなに強い酒を何杯飲んでも、酔うことはなかった。次第にカクレンは劣勢(れっせい)になり、呂律(ろれつ)も回らず、ふらふらしていた。


 樽が五つ空いたところで、ついにカクレンは倒れた。いびきをかき出した。カクレンが横になり、だらしなく足を広げた時、下着からはみ出るものを見て、ケイは目を疑った。


 カクレンには、女には本来付いていないものが付いていたのである。


 ケイは恐ろしくなり、母を担いで外に出た。今のうちに統万城を出ようとした。


「あんな化け物に婿入りするなんてごめんだ」


 ケイたちが城門に差しかかった時、何者かに呼び止められた。それは聞き覚えのある声であった。


「待て。勝手にどこへ行くつもりだ」


 エイゲツであった。生きていたのだ。ケイは嬉しくなり近づこうとしたが、どこかエイゲツの様子がおかしかった。


 目は虚ろで、生気がなかった。そしてケイのことを分からない様子であった。


「エイゲツ! 生きていたのか! 一緒にここを出よう!」


「なぜ私の名前を知っている!? お前は何者だ!」


 ケイはエイゲツの言葉に衝撃(しょうげき)を受けた。催眠(さいみん)にかかっているのか、洗脳(せんのう)されてしまったのか。ケイが何度も呼びかけると、エイゲツは剣を抜いた。


「ここを脱走しようというなら斬るぞ!」


 エイゲツが手を挙げると、兵が集まってきた。


「待て! エイゲツ! 思い出すんだ!」


「うるさい! 者ども! 捕縛せよ!」


「やむを得ない……」


 ケイは、エイゲツを正気に戻すことはできないと察し、テントに火矢(ひや)を放った。火は瞬く間に燃え広がる。兵たちは火事に気を取られ、右往左往(うおうさおう)した。


 その隙にケイは母を抱えて馬腹を蹴った。城門を突破する。後ろを振り返ると、火事で混乱しており、追ってくる者はいなかった。


「この火……何か(なつ)かしい気がする……」


 エイゲツは急に頭痛に襲われ、気を失った。兵たちは必死に消火しており、ケイを追う暇がなかった。


 翌日、黒焦げとなったテントの()(あと)を見て、カクレンは激怒(げきど)した。


「許さぬ! 賀蘭部は敵だ! 急ぎ軍を整えよ!」


 カクレンは、ケイをさっさと目で従わせればよかったと後悔した。ケイがあれほど酒に強いとは思わなかったのだ。ケイを潰して寝床に連れ込み、下のもので従わせるつもりだったのである。


 カクレンは匈奴全土に出陣(しゅつじん)の触れを出した。賀蘭部に最も近いところに拠点を置く将軍アリラに、先鋒(せんぽう)を命じた。


 カクレンの触れは、ケイが盛楽に戻るより早く匈奴全土に回り、早くもアリラ率いる先鋒二万が出陣した。カクレンもエイゲツを従え、五万の軍で統万城を出発した。


「ケイ! 準備はできている! 軍議を開くぞ!」


 ジュンカンは、ケイから事前に匈奴との会談は破談になるかもしれないと聞かされており、戦う準備を整えていた。


 ケイの戦力は、秦から連れてきた一万の軍と、ガナツや賀蘭部の将軍であるシトウ、ブクレン、ソンスウといった者たちが率いる三万、合計四万であった。


 ソンスウは、ケイの父を裏切ったソンキンの弟であった。ケイはソンキンと聞いて顔を険しくしたが、ソンスウはどうやら兄と違い、落ち着いた物腰で好感が持てた。


 ケイは旧秦軍一万を分けた。七千をジュンカンに、三千をケイ自らが率いた。ハクエンとサクを副官(ふくかん)として側に置き、先鋒を買って出た。賀蘭部の信用を得るには、先頭に立って戦うしかないと考えたのである。


 草原が広がる。兵力差が如実(じょじつ)に出る地形だ。だが、ケイは敵を跳ね除けなければならない。秦では千人将だった。

 一万の軍を指揮する経験は初めてだが、ハクエンが側にいて、さまざまな指示を出してくれた。


 匈奴の旗が見え始める。

 馬蹄が土埃を上げて近づいてくる。


 ケイは大きく深呼吸し、馬を進めた。

 草原の覇者になるための、第一歩であった。

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