85話
翌朝、レイとランカはヨウコウの軍が城壁の上に投石車を上げようとしている光景を見て驚いた。
「皇后様、あれは危険です。ここはわたしにお任せいただき、後方に下がってください」
陳倉は城壁、城の中の城ともいうべき指揮台、本丸で構成されている。かつてあのショカツリョウが落とすことが出来なかった城である。万が一、指揮台が落ちても、本丸は最後の砦にふさわしく高所にあり、堅牢でもあった。簡単に落ちることはない。だがそれも援軍が来ればこそだ。
ランカはレイを本丸まで下げると、槍を手に取り、投石車に向けて渾身の力を込めて投げた。それは空気を切り裂き、飛んでいく。
轟音と共に投石車は粉々になった。
「次だ!」
ランカが次の投石車に狙いを定め、槍を投げた。だが、突然、投石車の前に石の壁が現れる。槍は壁に衝突した。壁は粉砕したが、投石車は無傷だった。
「そう簡単には壊させないぞ」
ヨウアンの土魔法であった。ランカは敵に強敵が加わったと感じた。
「くっ……ならば全て打ち砕くのみだ!」
ランカは槍を投げる。石の壁と共に砕いてやると力を込めた。だが、次も石の壁は粉砕したものの、投石車は無傷だった。
城壁の上の投石車は増えてくる。すでに八台はあった。ランカはその様子に焦ったが、あれを全て守ることの出来るほどの魔力があるとは思えず、投槍を続けた。
八本の槍を小脇に抱え、連続で投げる。槍は八台の投石車に同時に襲いかかる。
「ほほぅ、なかなか面白いことをする」
ヨウアンは余裕の笑みを浮かべ、手を上げると八台の投石車全ての前に石の壁が現れた。
「馬鹿な!」
ランカは全ての槍が塞がれるのを見て狼狽した。どうやら敵の土魔法使いは、ランカより実力が上のようであった。
「それでもやるしかない!」
ランカは天に向かって槍を投げた。ヨウアンは手が滑ったのかと思い眺めていたが、槍は大きく弧を描き、上空から投石車に向かって落ちてきた。
ヨウアンは慌てて石の壁を作るが、それは高さが足りず、槍は斜め上から石の壁を掠め、投石車を貫いた。|バキバキ|という音と共に投石車は壊れていく。
「小癪な真似をする! 壊される前に投石を開始せよ!」
ランカが次の槍を構えた時、足元が揺らぎ、よろめいた。投石が発射された。それは指揮台に当たり、大きな音を立てたが、指揮台もまた堅牢だ。表面を傷つけただけで石は砕け、斜面を転がっていった。
ランカが次の槍を投げる。ヨウアンは防ぎきれず、三台目の投石車が砕け散った。ヨウアンは投石車の数が減っていき、ようやく焦りを感じる。
「思ったより固い。同じところを狙え!」
投石車の狙いは正確であった。ほぼ先程と同じ場所に当たり、指揮台に振動が走った。
「早くせねば、指揮台が持たない……」
ランカは槍を投げる。だが、焦りと疲れの為か、槍は狙った通り飛ばず、城壁の上に届かず落ちた。
「どうやら限界が近いぞ! 続けよ!」
ヨウアンは投槍の限界が近いと感じ、ニヤリと笑った。投石車が一斉に発射する。指揮台の壁に穴が開いた。
「まずい……このままでは……お前たち、近くへ集まれ」
ランカは配下の侍女たちを近くへ集めた。侍女たちは皇后の護衛も兼ねており、皆腕が立った。ランカは一人の侍女の顔を持ち、口付けする。ランカは侍女から魔力を注ぎ込まれた。一人が倒れ、次の侍女に移る。やはり魔力が注がれる。
「まだ行けるぞ! くらえ!」
魔力を無理やり補充したランカの槍は弧を描き、投石車を粉砕した。さらに連続で槍が飛ぶ。これも弧を描き、投石車を破壊した。あと三台を残すのみとなった。
ヨウアンは槍の威力が戻ったことに舌打ちした。魔力の受け渡しは非常手段だ。それだけ敵は追い詰められていると感じ、ヨウアンもまた自身の最大の魔法を使うことにした。
投石車が発射する。放たれた石は空中でみるみる巨大化した。ヨウアンが投石に向かって魔力を注ぎ込んでいる。それは石の大きさを超え、巨岩となって指揮台に向かって飛んできた。
「退避だ! 本丸まで引くぞ!」
ランカは巨岩が飛んでくるのを見て、緊急退避を命じた。魔力を注いだ侍女たちは動けず、ランカは見捨てるしかなかった。指揮台を飛び降り、後方へ駆けた。兵たちも慌てて退避している。
まるで隕石が落ちたかのような衝撃であった。地震のような振動が地面を揺るがし、指揮台は粉々に押し潰された。ランカは間一髪、巨岩の下敷きになるのを免れたが、かなりの兵が犠牲になっていた。
「今だ、ヨウコウ。攻めかかれ……」
ヨウアンは魔力を使い果たし、ぐったりと座り込みながらもヨウコウに突撃の指示を出した。
ヨウコウ軍は斜面をよじ登り、瓦礫と化した指揮台を乗り越え、ランカに襲いかかってくる。ランカは矛を構える。だが、手に力が入らず、足も覚束なかった。
「ここは通さないわ!」
ランカが力を振り絞り、矛でヨウコウの兵たちを薙ぎ払う。そこにレイが騎馬隊を率いて突撃してきた。騎射でランカにまとわりつく兵たちを射る。
「皇后様! 何をしているのです! お逃げください!」
レイはランカの言葉を無視し、兵たちにランカを馬に乗せ、運ばせた。ヨウコウが迫ってくる。レイは矢継ぎ早に騎射すると、ヨウコウの肩に矢が突き立った。
「退却! 本丸まで駆けよ!」
ヨウコウは、レイがランカを連れ駆け去るのを眺めていた。
―――美しい……
皇后が美貌の持ち主であることは知っており、何度か見たこともある。だが、戦場で弓を射る姿を目の当たりにし、見惚れてしまっていた。捕らえて、自分の妃にしようと考えていた。




